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尊重しあえる関係 8

「どのカップルだ?」 「あの一番奥のふたりですよ」  林さんが指差す方向を見ると女性の顔をはっきり捉えることが出来た。  ほぉこれはこれはなかなか。アイドル顔負けの可憐な美貌だな。艶やかな長い髪をカールして化粧も上手い。洋服も上品かつ高級なブランドものを着ている。恐らく24-25歳位か。年齢的にもルックスも申し分ない。左手にかなり大きなダイアの婚約指輪をしているな。しかもあの指輪は今回の広告主の『7℃』ブランドのものだ。  林さんの言った通り最高のモデルだ。今日はついているぞ、この分なら仕事が早く終わりそうだ。で、男性の方はどうだ?林さんは特に男性がおすすめだって言ってたよな。  興味津々で目を凝らすと、隣の男性は俯いてメモを取っていた。残念ながら顔が良く見えないが……妙な違和感を感じた。  ん?どこかで見たことがあるような。  というか、彼……瑞樹にすごく似ていないか。  変な汗が背中を伝い降りていくのを感じた。  いやまさか……他人に空似だろう。ここは結婚披露宴の打ち合わせをする場所だ。あんな風に仲良さそうに女性の隣に座り話しているなんて、瑞樹のはずないよな。  そう言い聞かせるのに心臓が変な音をバクバクと五月蠅い程音を立てている。 「滝沢さん、ぼんやりしてどうした?どうだ?OKか」 「いや、男性の顔がよく見えない」 「あぁ俯いているからな。でもさっき確認したけど、清楚で可憐な感じの超可愛い青年で最高だったよ」 「なんだって?」  ますます気持ちが滅入る。清楚で可憐で可愛い青年……あの俯いた角度といい……顔がよく見えないが、もう瑞樹そのものだ。  瑞樹が結婚?  女性と付き合っている?  何もかも理解しがたい現実で受け入れられない。 「被写体としてバッチリなんだ。あぁ早く撮りたいよ。素人であんな綺麗な男の子には久しぶりに出会ったよ。さぁオレを信じて早く取材の交渉に行こう」 「あ……あぁ」  どうか他人の空似であってくれ。願うような複雑な気持ちで奥のテーブルに足を運び、意を決してテーブルの前で名乗り出た。事務的に心を静めて言葉を発した。 「……すいません。航報堂の滝沢と言いますが、『7℃ムーン』という会社の依頼で、披露宴の打ち合わせの様子などを取材をしてもよろしいでしょうか」 「えっ?」  俺の声にはっと過敏な反応をして顔をあげたのは、どこをどう見ても……瑞樹に間違いがなかった。  目を大きく見開いて、今にも倒れそうな様子で驚愕している。  いやいや……俺の方だって暗黒に蹴落とされた気分だ。  嫌な予感が的中してしまった。  まさか瑞樹が俺を裏切っていたのか。そんな馬鹿な……  「え?取材って何の広告ですかぁ」  女性の方はまんざらでもないように甘い笑みを浮かべていたが、瑞樹は驚き過ぎて顔面蒼白な上、声も出ないようだった。俺の方もそんな様子を見ていられなくて、まともに声が出ない。 「滝沢さん。どうしたんだよ?ぼっとして。あっすいません突然で。実は結婚式の打ち合わせ中の男女の様子を写真に収めたくて。『7℃ムーン』という宝飾ブランドをご存じですよね。その結婚指輪のカタログをふたりで仲良さそうに選んでいる様子を撮りたいんです」 「ふたりって?あ……もしかしてこちらの彼と?えっ!わぁ嬉しい。でも、いいのかしらぁ」  女性は天然なのかキョトンとした顔つきで瑞樹のことを見つめた。その視線に瑞樹が大きく反応して、席から立ち女性から慌てて離れた。  なんだ?どういうことだ? 「えっ?あっ!ぼっ僕は違うんです」 「あぁすみません。お仕事的に広告に写るのは不都合ですか」  林さんが不思議そうに問うと、瑞樹は顔を真っ赤にして必死に首を振った。 「いえっ違くて。あの……僕はフラワーデザインの打ち合わせをしていただけで……その、披露宴のスタッフなんです!」 「え? だって女性の隣に座って仲良さそうに」 「いっいや、あれは打ち合わせをしていただけで」 「わぁぁ、葉山さんってすごく可愛くて素敵だから、一緒に取材に応じられたらいいのにぃ。でも結婚の打ち合わせだったら流石に駄目よね。来れなかった彼に恨まれちゃうわ。あーすごく残念です!私もしかして早まったかしら~ふふっ」  女性も瑞樹のことを気に行ったのか、残念がっていた。 「すっすみません。本当に……僕が紛らわしい座り方をしていて」  しどろもどろの瑞樹は耳まで赤くして、必死だ。  あぁ……なんだ、そういう事か……  はぁぁ心臓が止まると思ったぞ。にしても瑞樹は世の男性よりもずっと可憐で可愛くて、例えば隣の結婚が決まっている女性にも惚れられてしまうような青年だということが嫌という程分かった。 「葉山さんは、私のブライダルのフラワーデザイン担当なんですよ。今その打ち合わせ中なんです~」  林さんも納得したようで、残念がっていた。 「そうだったんですかー残念だな。すごくお似合いのカップルだと確信していたのに」 「申し訳ありません」  瑞樹は俺の方をちらちら見ては必死に目で謝っていた。そうだよなぁ……瑞樹が俺に嘘をつくはずてないのに、いや今日のことは瑞樹が悪い。とても仕事の打ち合わせ中には見えない甘い雰囲気だったんだから。  女性も男性にも、かなりもてそうで危なっかしい子だ。  結局、二番手のカップルに取材を依頼した。  瑞樹の方は仕事に集中していた。液晶タブレットに花の写真を映しては女性に見せてあれこれ説明している。どうやら大きな仕事を任されたようだな。週末忙しくなった理由がこれか。  取材中、瑞樹のことを何度かさりげなく見てみたが、一向に俺の方を見てくれなかった。しょうがないと納得しつつも、つい恨みがましい気持ちで、じどっと見つめてしまう。  俺はもう……瑞樹の事となると、感情がセーブできなくなっているようだ。  こんな恋は初めてで、自分を失いそうになる。  瑞樹……全く君って人はすごいよ。  君みたいな人は初めてだ。  

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