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尊重しあえる関係 9

 瑞樹は忠実に仕事をしていただけだ。なのに……どうしてこうも俺の気持ちは荒れ狂うのか。 「滝沢さん?なんだか今日調子出ていないな。息子さんのことが心配か」 「あぁ悪い、大丈夫だ」  林さんに気付かれるなんてプロ意識が欠けるな。  我ながら呆れてしまう程、俺は瑞樹のことが好きで好きで溜まらないらしいと苦笑してしまった。しかしこれから結婚式と披露宴を迎えるカップルの顔は希望に溢れているものだな。俺もかつては玲子と結婚する時、こんな顔してたのか。たった五年前なのにもう遠い昔のことのように思い出せない。玲子から最後に浴びた「気持ち悪い!汚らわしい!」という言葉が、それまでの思い出を全て崩してしまう程のダメージだった。  でも元を正せば、自分を偽って自分に正直になれなかった俺のせいだ。  こんな俺と玲子から生まれてきた芽生に罪はない。芽生には素直で真っすぐ育って欲しいと願っている。だからこそ清潔な美しい心を持った瑞樹に傍にいて欲しいんだ。  楚々とした彼のすべてが好きだ。  芽生にとっても俺にとっても、瑞樹の存在がどんどん大きくなっている。  さっき一瞬瑞樹のことを……「俺を偽って女性と結婚するのでは」などと疑って申し訳ないことをした。彼がそんなことをするはずないのに懐疑の心を持ってしまうなんて、瑞樹の高潔な気持ちを踏みにじり自己嫌悪に陥るよ。    でもその位……瑞樹が若く美しい女性といることが違和感なくお似合いだったんだ。  あー自分の心がこんなに偏狭だなんて、飽きれてしまうよ。  そこからは取材に集中することにして、瑞樹のことを見るのはやめた。 「お疲れさん。写真チェックもOKだ」 「よし、今日はここまでにしよう」 「ご協力ありがとうございました」  協力してくれたカップルには謝礼を渡して、仕事は引き上げだ。  瑞樹はどうしたかと彼が座っていた席を確認すると姿はなかった。残念、瑞樹の仕事の方が先に終わってしまったのか。少しだけ話したかったなと思いながらも、今話したら嫉妬で瑞樹のことを責めてしまいそうだとも…… 「じゃあ、滝沢さん、俺はもう一件仕事があるので先に行くよ」 「あぁお疲れ!」  思ったより早く終わったな。時計を見るとまだ午後4時。芽生は実家の母と映画を観に行ったから一服してから帰るかとゆっくり歩き出すと、肩をポンポンっと叩かれた。  振り向くと、瑞樹だった。  あたりをキョロキョロ見回すが誰もいない。瑞樹がひとりで立っていた。もしかして俺が終わるのを待っていてくれたのか。そう思うと胸が熱くなる! 「瑞樹っ!」 「滝沢さん……あの、さっきは驚かせてしまってすみません」  小さな声で瑞樹が詫びてくる。勘違いして驚いて焦ったのは全部俺なのに、そんな簡単に詫びるなよ。調子に乗ってしまいそうだ。 「もう帰れるのか」 「あっはい」 「家まで送るよ」 「え?」 「今日は荷物が沢山あったから車で来ているんだ」 「あの……」  有無を言わせず瑞樹を車に乗せた。もちろん瑞樹も嫌な素振りなんて見せず、素直に助手席に座ってくれたが。  この車に彼が乗るのは二度目だ。前回はすぐに眠ってしまったが、今日は俺の方を見て、少し不安げに、でもそれでいて俺を安心させようと、にこっと微笑んでくれている。そのことが嬉しい! 「すいません。さっきは驚かせるつもりではなくて……あの、怒ってますか」 「どうして俺が怒っていると?」 「……その……さっき目が怖かったから」  あぁなんてことだ。瑞樹を責める気も追い詰める気もないのに、結果的には彼を追い込んでいたってわけか。 「はぁ……」  大きく深呼吸した。 「少し寄り道しても?夕日がきれいな公園があるんだ。君に見せたいと思っていたんだ」 「いいですよ。でも芽生くんは大丈夫ですか。休みの日なのに」  こんな時でも芽生のことを考えてくれるのか、君は。  本当に優しい心を持っているな。  駐車場が高台にあり、運転席から美しい日没が拝める公園にやってきた。  さっき買っておいた紅茶のペットボトルを渡すと、瑞樹がじっとラベルを見つめた。 「あっこれ、新商品ですね。広告を見ました。このイングランド風のラベルが好きなんです。イングリッシュローズが添えられているのもいいですよね」 「へぇ嬉しいな。俺が広告の担当をしたんだ」 「そうなんですか!広告代理店で滝沢さんがどんなお仕事をされているのかもっと知りたいです。あの……このバラはクィーン オブ スウェーデンといって、まっすぐ上に伸びて丈夫でよく茂る耐寒性のある品種なんですよ。棘も少なくて、摘み取った後も花がよく長持ちするので、室内でフラワーアレンジメントとして楽しむのにも向いているので、僕もよく扱います。」  へぇ……君は好きな花の話になると饒舌になるんだな。そんな一生懸命な所も可愛いと目を細めてしまう。 「あっすみません。夢中になり過ぎて」  はっと気がついた瑞樹が頬を染める。その顎に手を伸ばして引き寄せると、瑞樹もそっと瞼を閉じてくれた。 「……夕日が眩しいな」  そう言いながら俺は瑞樹の桜色の唇を、もらいに行く。  

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