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尊重しあえる関係 10

「直前の変更が無理なのは承知で頼んでいます。でも私にとって一生に一度の結婚披露宴なので悔いがないようにしたいの」  悔いはないようにしたい。一生に一度……  そんな風に言われると、何とか願いを叶えてあげたくなってしまう。僕はそういう言葉にとても弱かった。  スズランについて、当たってみるか。 「分かりました。大量なスズランの花が間に合うのか調べてみますので少し待ってください」  そのままノートPCを開き、全国のスズランを取り扱う花屋や業者を調べてみた。花き市場や仲卸業者を通すのではなく、今回は品質の高いものを直接手配したいと思った。何故ならスズランは僕の故郷、北海道を代表する花として知られているから、妥協したくなかった。  ブライダルを飾るのに相応しい純白の粒ぞろいの香りのよい品質のスズランを大量に……これはもう兄さんに聞いてみた方が早いかもしれない。そこで少し席を外す許可をもらって函館の実家に電話をした。今日は休日で休みのはずだから。 「はい、もしもし葉山フラワー店です」 「兄さん……今日は休みじゃ?」 「あっ瑞樹じゃないか。このやろ、全然連絡してこないで!母さんが心配していたぞ」 「ごめんなさい……」 「大学時代からろくに帰ってこないで、ちゃんと食ってるか」 「ごめんなさい」 「馬鹿、お前はいつも謝ってばかりで。それより何か用事があったんじゃないか」  五歳離れた優しく頼もしい兄の声を聴くと、無性に故郷に帰りたくなってしまう。だからあまり積極的に連絡できなかった。実際兄さんと直接話すのは本当に久しぶりだった。 「あっうん、実はスズランの花を大量に扱う仕事が入って……」 「スズランなら俺の同級生の徹が作ってるじゃないか。あそこのはかなりいいぞ」 「うん、そうだよね。来週の金曜日までに間に合うように手配できるかな」 「おー急な話だな。ちょっと待ってろ」  一旦電話を切ると、行動が早い兄からすぐに折り返し連絡が入って、OKをもらえた。 「ありがとう!兄さん!」 「可愛い弟のためならな。そうだ瑞樹、オレ丁度金曜日からそっちに行くんだわ」 「えっどういうこと?」 「出張だよ。花市場の組合があってさ。そうだお前の家に泊ってもいいか。宿泊代も馬鹿にならないしなぁ」 「えっ」 「あっまずいか。もしかして彼女と住んでるとか」 「いや、独り暮らしだよ。……うん、いいよ。兄さん、空港まで迎えに行くよ」 「ありがとな。花と一緒に行くよ」  予想外の展開になったが理想のスズランの花の手配が出来ることに、ほっとした。  新婦になる女性に概要を告げると大変喜んでもらえたので、ほっとした。そのまま二人でフラワーデザインのイメージなどを詰めて、打ち合わせは無事に終了した。 「嬉しいわ。憧れのスズランの囲まれたブライダルパーティーだなんて!葉山さん楽しみにしていますね!」 「はい!精一杯頑張ります」  今の僕に出来ることはそれだけだ。  女性が帰って行くのを見送ってから、僕も帰り支度をした。  (滝沢さん……どこですか)  さっきは僕が女性と並んでいるのを見て驚愕していた。僕も迂闊だった。もしも逆の立場たら大きな打撃を受けたと思う。少なからず彼を驚かせてしまったと後悔している。  (仕事、もう終わるのかな。少しだけでも話したい)  そう思い打ち合わせコーナーを出た所のソファで待つことにした。待っている間に仲良さそうに出入りするカップルを眺めいていると、心が沈んでしまった。  滝沢さんもかつてこんな所で打ち合わせをして、披露宴を挙げたのかな。  僕が知らない過去に想いを馳せて……つい妬いてしまった。  こんな風に想ってはいけないと分かっているのに『過去』というものは厄介だ。自分の過去も他人の過去も決して取り替えることも消すことも出来ないのに。それでもその過去があっての……今の僕と滝沢さんなんだ。そう思うと少し浮上出来た。  あ……もしかして僕は、滝沢さんのことが恋しくなっているのか。さっき誤解させてしまったことも詫びたいし……僕に触れて欲しい。  まるで頑張った褒美をもらいたがる小さな子供のように、滝沢さんが出てくるのをじっと待った。  滝沢さんは、僕の過去も含めて僕を丸ごと理解しようとしてくれる。それがどんなに葛藤し苦しいことを身を持って知った。  (早く……あなたに会いたい)

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