45 / 1638

尊重しあえる関係 13

 滝沢さんに夕食に誘われたことは、素直に嬉しかった。  初めて請け負ったウェディングのフラワーデザインの仕事のために、生け込み見学は確かに外せない用事だったが、少しの時間でも彼と過ごしたいと願ったのは事実だ。  なのに……僕のダメな部分がまた顔を出してしまう。長年付き合い、好きな気持ちが残ったまま別れた一馬との想い出がやってくる。  どうせ帰っても一人で適当にコンビニの弁当を食べるだけだ。一馬が去ってからずっと味気ない食事をとり続けていた。付き合っている頃、料理はいつも一馬担当だったから、僕は本当に何も出来ないことを痛感していた。  あっまずい。  必死に押し込めても、溢れ出してしまうあいつとの想い出の数々。  嫌な思い出なら、どんなに良かったか。  どれも僕にとって大切な思い出だから、振り切れない。  知り合った頃はあいつも料理は出来なかった。でも一馬に抱かれ、受け入れる僕の躰の負担を考慮してくれ、甲斐甲斐しく料理を頑張ってくれるようになったんだよな。九州男児で家事なんてしたことなかったお前が、最初に焼いてくれた卵焼きは炭みたいに真っ黒だったよ。最後の方は端っこがチリチリ程度の出来になり、僕はそのカリカリした部分が結構気に入っていた。 「瑞樹? 大丈夫か。顔色が少し悪いぞ」 「あっすいません」  車の中で優しく声を掛けてもらうと、突然ほろりと涙が零れてしまった。その涙に滝沢さんは激しく狼狽していた。 「どっどうした? 何で泣くんだ。あぁ……やっぱりさっきのキス嫌だったのか。あんな無理強いをして……そのっすまない。瑞樹が可愛すぎて節操もなく貪ってしまって」  滝沢さんが指先で頬を静かに伝い降りる涙を拭ってくれた。こんな風に優しく労わられては……ますます忍びなくなってしまった。 「滝沢さんとのキス……嫌じゃないんです。躰が熱くなり男として過敏に反応する程気持ち良かった。なのに僕の心は……今、またあいつのことを思い出して……あいつのこと……好きだったんです。まだ好きなまま別れたから……心がまだあいつに少し残っているんです。すいません。僕どうしたらいいのか分からない。こんな状態で滝沢さんのこと好きだなんていう資格はないのに……これじゃ二股みたいで……自分を許せない!」  自分で話していて頭が混乱していた。  滝沢さんのことが確かに好きだ。  キスも嫌じゃない。むしろ気持ちいい。  でもその先はどうだろう?  彼にこの躰ごと抱かれる覚悟は出来ているのかと言えば、即答できない自分に気が付いてしまい、それが申し訳なくて泣けてくる。  一馬に最後に深く刻まれた記憶。抱かれた余韻が消えてしまうのが、まだ寂しいと思う自分を見つけてしまった。 「すみません。やっぱり今日は帰ります。こんな状態では……あなたに……申し訳ないです」  そう言って潔く車から降りようとすると、手首をギュッと掴まれて阻止された。 「はっ離してください!」 「馬鹿! 勝手に決めるな! ひとりで結論を出すな!」  あたりはもう暗くなり、さっきまで何台も夕日を観に来ていた車はどこかへ行ってしまい、高台には滝沢さんの車だけがポツンと残されていた。 「でも僕が……まだ駄目だから」 「分かったよっ! 分かったから俺のいう事をちゃんと聞け!」  そのまま再び車の中で乱暴に抱きしめられてしまった。乱暴な仕草なのに温かい滝沢さんの匂いに包まれ、心が揺らぐ。  一馬のことを忘れられない心と躰。  滝沢さんに惹かれる心と躰。  もう駄目だ。バラバラに引き裂かれそうだ。 「無理するな。なぁ瑞樹……聞いてくれ。俺も恥を忍んで告白するよ。俺は結婚してからもその場限りで男と遊んだりした。それがバレて離婚に至った最低な男さ。離婚という結末を迎え目が覚めて……ここ数年は芽生の父親業に徹していた。だから……もう躰から始める恋はしたくない。むしろ心から繋がっていきたいんだ。瑞樹、君と始める恋は今までとは違う!だから君のすべてを知りたくて、すぐにでも抱きたいという気持ちがあることは確かに認めるが、即物的に手に入れたいわけじゃない。心をしっかり繋げ合ってから……君の躰が完全に俺に開かれるまで1年でも2年でも待つ覚悟は出来ている!」    

ともだちにシェアしよう!