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尊重しあえる関係 14

 滝沢さんから優しく思いやりのある言葉を受け取った。  泣けてくる。ありがた過ぎて、涙が止まらない。  こんな不器用な僕をありのままに愛してくれ、心と躰が揃うのを待ってくれると? 「滝沢さん……」 「参ったな。そんな顔するな。もう一度キスしたくなるじゃないか」  そう言われたので素直に目を閉じた。でも二度目のキスはやって来ない。 「いや……やめておくよ。二度目は止まらなくなる。きっと制御不能になる!」  眉根を寄せ困ったように笑う滝沢さんに、熱く見つめられた。そんな仕草に大人の男の色気がたっぷりと漂っているんだから、僕の鼓動もとんでもない早さになってしまう。  この人は……同級生でじゃれ合うような関係だった一馬とは全く違うタイプだ。  昨日より今日、一分前より今、この瞬間。  僕の気持ちは、確実にあなたに傾いて行く。  その気持ちを込めて僕の方から滝沢さんに抱きついた。もういっそ何もかも飛び越えてしまった方がいいんじゃないか、そんな熱い思いの丈が、つい言葉になって溢れてしまった。 「でも……もうっこのまま勢いで抱いてもらってもいいんです」 「……瑞樹……煽るな。お願いだから自分を大事にしてくれ。さっきも言った通りだ。今の瑞樹は……きっと後悔するだろう。だから待つ。但し踏ん切りが付いたらその時は遠慮しないぞ。俺だけのことを100%考えてくれる瑞樹を思う存分抱きたいんだ」 「あっ……すみません」  自分のことしか考えていなかったことに気づき、言動を恥じた。同時にストレートに『抱きたい』と言われことに、躰が火照ってしまう。  確実に熱くストレートに、滝沢さんに求められている。  一馬に捨てられた当初は、自分の価値なんてないに等しかった僕なのに……本当にやっぱり泣けてくる。  僕を愛してくれるあなたが好きだ。 「瑞樹……そんな風に謝らなくていい。君はすごく魅力的なんだから、もっと自分に自信を持て。それに土曜日に大事な仕事があるんだろう。応援しているよ」 「ありがとうございます」  そうは言っても……せめて。  僕の方から、掠る程度に唇を重ねた。 「少しだけ……待っていてください。あなたに全部明け渡したいから」  僕の背に回されていた滝沢さんの手の平に一瞬ぐっと力が籠ったが、少しの間をもって紳士的に離れて行ってしまった。 「ふぅ……そんなに煽らないでくれ。さてと……そろそろ食事にいくか。そうだ。君を連れていきたい割烹料理屋があるんだが、そこでいいかな」 「はい!喜んで。お任せします」 「いい返事だ」  互いに名残惜しい気持ちを乗せたまま、滝沢さんの運転する車は再び動き出した。   **** 「おや滝沢さん、お久しぶりですね。今日はまた随分可愛い子を連れて」  暖簾をくぐると、カウンターの中の男性から声がかかった。どうやら顔馴染みの店らしい。 「おぉ店長。この子は俺の秘蔵っ子だから大事にしてくれよ。で、アレあるか」  清潔なお店の檜のカウンターに並んで座ると、すぐに新鮮な烏賊のお刺身が出てきた。 「これは瑞樹の故郷の函館の烏賊だよ」 「えっ?」 「食べてみて」  箸でつまんで口に含むと、新鮮で透明なイカの刺身はコリコリとした食感で、とても美味しかった。 「どう? 新鮮だろ?」 「ええすごく! 懐かしい食感です。まさか東京でこんな鮮度のいい烏賊刺しを食べられるなんて驚きました」 「この店長、函館出身で実家が漁をしているから、特別ルートなんだよ」 「僕と同じ函館なんですか」  思わず口を滑らせてしまい、すぐに余計なことを言ったと後悔した。 「へぇ君も? 函館のどの辺りの出身? 共通の知り合いがいるかもしれないね」  店長から案の定突っ込まれてしまい、話を逸らすしかなかった。 「あっえぇまぁ……それよりこの烏賊とても美味しいですね」  故郷のことは極力話したくない。どうして僕が故郷に帰りにくいのかを思い出してしまうから。でも故郷の味に久しぶりに触れると、やっぱり元気が出た。  母さん……あの後何度か電話をしてくれたのに、ろくに話せてないな。いつも心配かけてごめん……仕送りだけはちゃんとするから。  もう故郷には何年も帰っていない。大学入学と同時に東京に出てきて、実際に帰省したのは数回だ。弟が合宿や修学旅行で不在のタイミングでしか帰れていない。 「ふむ、瑞樹はあまり故郷のこと話したくないようだな。でもそれでもいいよ。話したくなった時は聞くし、嫌ならずっと言わなくてもいい」  滝沢さんは大人だ。でもきっと不安に感じているだろう。何もかも話せたらどんなにいいのか。 「……すみません」 「やっぱり君のこと……心配だな。あまり思いつめるなよ。振り返ってばかりは躰によくないぞ」 「……はい」  仕事があったので酒は控えたが、その代わり揚げたての天ぷらや上品な茶わん蒸しなど沢山ご馳走になってしまった。 「美味しいか」 「はい!とても」 「そう、君は美味しそうに食べてくれるから気持ちいいいよ。それにもっと太った方がいいしな。少しやせ過ぎだぞ。普段の食事も気を付けないと」 「あっ努力します」 「心配だな。君はあまり料理が得意じゃなさそうだから」  短期間ですっかりバレてるのかと思うと、おかしくて肩を竦めてしまった。 「くくっ、なんでも僕のこと知っているんですね。なんかバレバレで恥ずかしいです」 「やっと笑ったな」 「あっ」  気が付くと微笑んでいた。滝沢さんが解してくれた……僕の心を。 「やっぱり笑った方が可愛いぞ、瑞樹は可愛い。そんな君が好きだ」 「こっ……こんな所で」  カウンターで真面目な顔で言われ、店長にも余裕の笑みで微笑まれ、恥ずかしさで埋もれそうになる。   「さぁ沢山食べて太れよ。もう少し全体的に肉がついた方が美味しそうだ」  更にこそっと耳元で囁かれ、躰全体がかっと火照ったのを感じた。  想像できる……  確実に近い将来、僕はあなたに抱かれる。 『尊重しあえる関係』 了

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