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分かり合えること 1
「ふぅ……本番まであと二日か」
朝起きてすぐカレンダーの今日の日付を塗りつぶすのが、日課になっていた。そのままパンとコーヒーという簡単な朝食を取って、いつもよりずっと早く出社する。
月曜日から毎日早出してはオフィスで披露宴会場のデザインを詰めていた。今までウェディングデザイナーの助手は四宮先生だけでなく数多くこなしたが、僕自身がデザイナーとしてメインで活け込むのは初めてなので緊張する。少しでも依頼された仕事が素晴らしいものになるように、努力は惜しまないし今の僕が出来ることを精一杯しよう!
正直に言うと……滝沢さんと朝一緒に通勤出来ない日が続いて寂しい。でもきちんと事情を話したら応援してくれた。
(じゃあ来週まで早出するのか。うーん瑞樹と朝会えないのは寂しいが、瑞樹にとって初めての晴れ舞台だもんな。その代わり日曜日は延期したピクニックデートだぞ、いいな?)
(もちろんです)
(瑞樹と俺は『お互いを尊重しあえる関係』でいたいんだ。だから仕事も頑張って欲しい。瑞樹の夢が叶うように応援しているよ)
(そんな風に言ってもらえて嬉しいです。僕……頑張ります!)
目先に楽しみが待っていると思うと、本当に頑張れるものだなとしみじみ思う。芽生くんと早く会いたいし……滝沢さんのお手製弁当も楽しみだ。風が吹き抜ける公園にも早く行きたい。
早く滝沢さんに会いたい。
僕は自ら望んで東京で暮らしている癖に、時々故郷を彷彿させる広い草原に行きたくなってしまう。大地を風が吹き抜けていく瞬間が好きだから。
さてと、そろそろ皆が出社してくる時刻だ。椅子に座ったまま大きく伸びをすると、PCの横に置いていたスマホに着信があった。見れば函館の兄からだった。
「もしもし兄さんおはよう。どうしたの?」
「おお!瑞樹。予定では明日の朝一番の飛行機のつもりだったが、今日の夜に行けることになったんだ。あっ依頼のスズランの手配はばっちりだから安心しろよ」
「そうなの?本当にありがとう。助かるよ。で、夜って何時の便?空港まで迎えに行くよ」
「おぉいいのか、悪いな。東京のことは勝手が分からないから助かるよ」
僕の兄……五歳年上の広樹兄さんは、父が遺した実家の花屋を継いで母と一緒に働いている。
兄さんは大学に進まず高卒ですぐに働き出し、僕達を家計面でも支えてくれた。感謝してもしきれないよ。そして今回も僕のために一肌脱いでくれた。いつも頼もしい優しい兄が上京するのだから、少しでも頑張っている姿を見て欲しい。
その晩仕事が終わった足で、羽田空港に兄を迎えに行った。
****
羽田空港到着ロビーにオレは恋人を迎えにやってきた。モデルの後にマネージャーやカメラマン、衣装係などのスタッフが続々と出てくる。
「あっ林さん、どうしたんですか」
「ちょっと野暮用」
「なるほど!ごゆっくり」
先頭をあるいていた顔見知りのモデルに声を掛けられた。俺が恋人を迎えに来たことを察した彼は、軽く会釈してそのまま通り過ぎてくれた。
やがてオレの恋人の辰起が、疲れた表情で作業道具をカートで押しながら出てきた。
「辰起、お疲れさん」
「林さん!何で来たの?」
ギロっと睨むように言うのも可愛いもんだ。本当は嬉しい癖に。
「おいおい、つれないこと言うなよ」
「……別にいいけど」
彼は俺の恋人。元モデルだが今は裏方のスタッフとして働いている。まだ二十歳にならない年若い恋人だ。彼の人工的な美貌は冷たく我儘な印象を周囲に与えるが、本当は寂しがりやなことを知っている。
そういえば先日……この辰起とは真逆の青年を見たんだよな。
随分清楚な子だったな。なんというか野の花って感じで……都会にあんな擦れてない子がいるもんだなと感慨深かったよ。
「ちょっと何考えてんの?」
「あっ悪い」
「他の男のこと考えないでよ。林さん」
「あっ……」
話しながらはっとした。今頭の中で思い出していた青年がすぐ近くに立っていたので驚いた。へぇ……偶然だな。
「林さんってば、何見てんの?んっあの男?ふぅん……どうやら彼は僕たちの仲間みたいだね。さては恋人でも待ってるのかな」
えっ彼がゲイ?
目聡い辰起のことだ、あながち間違いではないのだろう。彼はホテルで女性と並んで座っている姿も似合っていたが、男に抱かれる姿も似合いるなと想像した。彼のソワソワした様子から恋人を待っているというのも間違いでないかも。
興味津々で物陰でか二人でそっと様子を窺うと、到着ロビーからガタイがいい大柄な男性が手を振りながらやってきた。
彼を見つけると、そのままギューっとハグして、頬を摺り寄せるんだから参ったな。彼……あんなに清楚な顔でなかなかやる。
「やっぱりね!彼がネコだね」
辰起も勘があたって満足そうだ。
「さぁもう満足した?林さんは相変わらず人ウォッチングが好きなんだね。もぅ僕だけじゃ満足できない?」
これ以上はプライドの高い辰起を怒らせてしまうから、恋人のご機嫌取りに徹しよう。しかし世の中は狭いなと思った。
****
「にっ兄さん!ちょっと離れて。髭があたって痛いっ」
「瑞樹、何言ってんだよー可愛い弟をハグしたっていいだろ、コイツー全然帰省しないで心配かけてよぉ」
到着ロビーで出迎えた兄に思いっきり公衆の面前でハグされて焦ってしまった。兄さんは昔からスキンシップ過多だ!それでも大好きな兄さんなので、身内の温もりにほっとした。
「……ごめんなさい」
「あーまた瑞樹はすぐに謝る。その癖はもうやめろ。悲しくなるから」
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