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任せる勇気 3
「瑞樹、じゃあまたな」
正直名残惜しかった。十歳の瑞樹を我が家に引き取ってから、俺は血のつながった兄と同様に接し、時には父親代わりに瑞樹を育ててきたようなもんだ。
懐かしいな……授業参観や三者面談などは仕事で忙しい母に代わり、全部俺が出てやった。運動会の弁当だって張り切った。瑞樹のために何かをするのはちっとも苦じゃなくて、むしろ喜びと楽しみだった。
そんな瑞樹が俺の手元から、突然巣立ってしまった。
だからなのか……この胸にぽっかりと大穴が開いたような変な気分は。
二人に見送られ、とぼとぼと歩き出した所で、瑞樹に呼び止められた。
「あっ兄さんっ待って!」
「何だ?」
「これ、僕の新しい名刺」
渡された名刺には
── flower designer 葉山 瑞樹 ──
と書かれていた。こうやって漢字で改めてフルネームを見ると『名は体を表す』で、瑞樹の清潔感と新鮮さが滲み出ていてイイな。思わず目を細めてじっと名刺を見つめてしまった。
「おーカッコいいな」
「駆け出しで、まだまだだけど、この名刺に負けないように頑張っていくよ……僕はここで」
「あぁお前はここで頑張れ!俺は函館で頑張る」
「兄さん……」
「滝沢、任せたぞ」
まだ名残惜しそうな瑞樹を振り切り、今度はスムーズに俺は歩き出せた。
今回東京に来て、瑞樹に会えて本当に良かった。もちろん瑞樹の恋愛の対象が男だということは大打撃で驚いたが、あいつがあんなに幸せそうに笑っているのを見たら、もう男も女もないよな……と思えた。
ずっと……瑞樹が幸せに笑ってくれるのが、俺の一番の願いだった。
もしかしたらあの日葬式で……俺は瑞樹に一目惚れに似た感情を抱いたのかもしれないな。引き取ってから同じ屋根の下で暮らした八年間、本当に愛おしい時だった。
いつまでも手元に置いておきたい可愛い弟だった。血は繋がらなくても、そんなこと関係ない程にお前が好きだった。
弟として──
必死にそう言い聞かせるしかなかった。
『滝沢に任せる』か……
『任せる勇気』とはよく言ったもので、いつまでも未練がましく瑞樹を函館に連れ帰りたくなる気持ちを押さえつけ、瑞樹がこの広い東京でちゃんと根付くように願い、滝沢という男に託した。
これが……瑞樹の兄として出来る最大限の努力だ。
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「瑞樹……?」
「あっすいません、ぼんやりして」
「いや……大丈夫か。お兄さんと別れて寂しいよな」
「あっはい。久しぶりに沢山甘えさせてもらって……あぁ駄目ですね。こんなんじゃ……東京に出て来た時に、もう兄を頼るのはやめようと誓ったのに。兄はいい人なんです。優しくて頼り甲斐があって」
「そうだな。他にはどんなことを?」
自分に言い訳をするように、いつになく流暢に瑞樹は話し続けた。だから俺は相槌を打って会話を促してやった。
「授業参観にも面談にも来てくれて、先生より僕のこと沢山褒めてくれて……」
兄を想い懸命に話す様子も可愛らしくて、今すぐ抱きしめて口づけしてやりたくなる衝動に駆られる。だがここは瑞樹にとって神聖な職場で人の目もあるから、すべては明日にかける。
「瑞樹の仕事はこれで終わったんだろう。もう帰るのか」
「あっその……僕が担当した挙式と披露宴を少し見せていただいてから帰ろうと思います。その、初めての仕事だったので思い入れがあって」
「それもそうだな。俺も付き合ってやりたい所だが、あいにく今日は芽生を待たせていてな」
「すいません。引き留めてしまって、あの……明日楽しみにしています」
「あぁ瑞樹の家まで芽生と車で迎えに行くよ」
「ハイ!芽生くんと久しぶりに遊べるのが楽しみです」
本当に嬉しそうに自然に、瑞樹が芽生のことを気にかけてくれるのが嬉しい。明日の弁当は何にしよう。帰宅したら芽生と一緒にスーパーに行く約束をしている。腕を振るうぞ!
「あの、明日の弁当も楽しみにしています」
「ははっ任せておけ。瑞樹は疲れているし何もしなくていいからな」
「すいません。料理が下手で……」
「いいんだ。役割分担だろ?その代わり今度芽生の部屋の掃除に来てくれないか」
「あっもちろんです!ぜひ」
さりげなく、次のデートの約束も取り付けて心の中でニヤリとしてしまう。顔に出ないように気を付けねば……
長い人生、楽しいことばかりじゃない。
俺も瑞樹も人間関係では人知れず苦労した。だが身をもって悲しみを味わった分、きっと前より優しくなれるだろう。
あの日の苦しみを喜びに変えて行けるように、今、共に過ごす時間を大切にしたい。
瑞樹と接していると心から優しくなれる。
任せる勇気
任せられる勇気
瑞樹とお兄さんに見せてもらった。
結局、人と人との関係は信頼だ。
彼らから信頼される人になりたい。
誰かのために変わりたいと切に願うのは、悪いもんじゃないな。
『任せる勇気』了
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いつもリアクションをありがとうございます。励みになっています。
明日から少し砕けたピクニック編になります。楽しく弾けたいです^^
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