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Let's go to the beach 6
「お兄ちゃん、はやくはやく!」
待ちきれない様子の芽生くんが、波打ち際に一気に駆け出していく。
「ちょっと待って!芽生くんっ、海ではひとりで行動しちゃ駄目だよ!」
慌てて僕も追いかけようとサラサラした砂に一歩踏み出すと、足の裏がヒリヒリしたので、驚いてしまった。
「わっ砂が熱くて、火傷しそうだ」
「芽生待て!」
僕は一瞬立ち止まってしまった。でもあっという間に宗吾さんが芽生くんを掴まえてくれたのでホッとした。
「瑞樹も、大丈夫か」
芽生くんと手を繋いだ宗吾さんが僕の足元に突然しゃがみ込んだ。そしてすっと足元に差し出してくれたのは、ブルーのビーチサンダルだった。
「え……」
「ほら、これを履くといい。この辺じゃ有名な店らしいぞ。とても履きやすそうだ」
「あの……これも買ってくださったんですか」
「あぁ遠慮するな。俺がやりたいことをやっている。俺の大事な瑞樹だからな」
宗吾さんの手によって足の甲を掴まれ、片足をすっと持ち上げられたので、なんだか猛烈に恥ずかしくなった。
「あっあの!自分で履けますから」
「うわぁぁパパ!かっこいいよ~まるでシンデレラにガラスのくつをはかせる王子さまみたい!」
「あぁ瑞樹はパパの大事な人だからな」
「わわ……」
頬が真っ赤になってしまうが……こんなにも優しく労わってもらえて、僕は幸せだ。
****
「おにいちゃん、やくそくのお城をつくろう!」
「う……うん」
暫く波打ち際で浮き輪で浮かぶ芽生くんとじゃれ合うように遊んでいると、今度は砂の城づくりをせがまれた。
残念ながら僕には、家族で海で遊んだ記憶はない。函館の家から海は遠かったし、母子家庭な上に、夏休みも花屋に休みはなかったので、そんな余裕は正直なかった。だから砂の城の作り方がさっぱり分からない。
つい不安な気持ちで宗吾さんのことを見上げてしまった。
「瑞樹、大丈夫だ。俺も一緒に作るから心配するなよ」
「すいません……」
「よーし、じゃあ瑞樹と芽生よく聞け、砂の城を作るポイントを教えるぞ。まず城を作る場所を決めよう。何度も水を汲みに行くことになるから海辺から遠すぎずない所がいい。でも波で壊されないように近すぎない場所を選ぶのがコツだ」
「ふーん、じゃあパパーこの辺?」
「うーん、もう少し奥だな。砂の色が濃い色から薄い色に変わっている地点がベストなんだよ。ここに作ると決めたら、そこにバケツの水を何度もかけ足で踏みつけて基礎を作るんだ。瑞樹、水を! 」
「はい!」
砂を踏み固めた基礎の上に、僕が汲んできた水を程よく含ませた砂を足や手を使って固めて土台を作った。あとは城の周囲に砂を盛り上げて城壁を作ったり、入り口用のトンネルを開けたりと、僕も芽生くんも宗吾さんもすっかり夢中になってしまった。
「パパ、貝で飾りつけてもいい?」
「あぁもちろん!」
「瑞樹は細かい装飾係が得意そうだから、任せるぞ」
「はい!」
宗吾さんから使い捨てのフォークを渡されたので、彫刻のように壁を削ったりしてみた。粘土遊びみたいでどんどん楽しくなってきた。
「宗吾さん、僕は砂の城は『砂上の楼閣』だと思っていました」
「へぇ……それは基礎がしっかりしていないために崩れやすい物事のたとえだな」
「えぇ、束の間の幸せかと」
「だが丈夫なんだよ。砂の城の形を保つには『水』がカギとなるのさ。砂に水を混ぜることで強度が増すからな。でも水が多すぎても駄目で、ドロドロになって上手く形を作れなくなる」
「多すぎても少なすぎても駄目ということですね」
「あぁなんだか愛情みたいだろ?あとはとにかく丈夫な土台を作ることが大事だな」
「それは分かります。花を活ける時も土台が十分でなければ、全体のランスも狂って崩れやすくなりますので」
「そうだな、何事もバランスだ。俺はさ……瑞樹の土台になりたいんだよ」
「宗吾さん……」
「水を程よく吸って潤った瑞樹が綺麗に花咲くように、瑞樹をしっかりと支える土台になりたい」
それは……まるでプロポーズのような言葉だった。
「パパー!もうすぐトンネルがつながりそう!おにいちゃんと中で握手してみて!」
城を貫くトンネルに両端からお互いに手を入れた。丁度真ん中で宗吾さんの手と出逢い、そのままギュッと握りあった。宗吾さんの力強い手に、一気に心をもっていかれる。
「瑞樹のここにさ、いつか指輪を買ってやりたい」
「宗吾さん……本当に?僕なんかで……」
これは白昼夢なのか。なんだから興奮したせいか頭が猛烈にクラクラしてきた。それに背中がすごく痛い……何でだろう?
「おいっ瑞樹大丈夫か。どこか痛いのか」
「……すいません。なんか背中がヒリヒリして」
「わっ真っ赤じゃないか。しかもまだらに! 」
「え?」
「ちゃんと日焼けするつもりで、ローションを塗ったんだろう?」
「そのはずですが……すいません」
「いや謝ることはない。ここにいるのはまずいな。少し向こうで休もう」
背中はヒリヒリするし、真夏の炎天下で慣れないことをしてバテたのか、気分まで悪くなってしまった。こんなの申し訳ないのに……
「すいません。本当に」
「馬鹿、謝るな」
宗吾さんに抱えられるように設置してあったサンシェードの中に寝かされた。
「ちょっと氷をもらってくるから、ここで横になっていろ。芽生は絶対にここから動くなよ」
「うん!わかった。おにいちゃん……大丈夫?」
「芽生くん本当にごめんね。僕……情けないよ」
「そんなことないよ。おにいちゃんがつくってくれたお城、すごくきれいだったもん」
「……芽生くん……手つないでいて」
なんだか不安になって芽生くんの手を握りしめてしまった。けれどもその次の瞬間ふっと一瞬意識が飛んでしまったようだ。
「瑞樹……大丈夫か」
ひやりとした感覚に目が覚めた。
気がつくと宗吾さんが冷たい氷をくるんだタオルを背中にあててくれた。
あぁ……すごく気持ちいい。
「すいません、僕……情けないです」
「何を恥ずかしがる?背中は、俺がちゃんと塗ってやればよかったな。ごめんな」
「とんでもないです」
「あれ?芽生は」
その時になってギョッとした。僕の右手で掴んでいたはずの芽生くんの姿が見えない。
「え……ついさっきまで僕の手を握ってくれていたはずなのに……」
「アイツ!瑞樹はいいから、ここで寝てろ。探してくる」
「本当に……すいません」
「謝らなくていいんだ。とにかくここから動くな」
「……はい」
なんてことだ。消えてしまいたい失態だ。あんな小さな子から目を離すなんて。
恐怖は恐怖を誘い出す。僕の大事な弟……夏樹のことを急に思い出してしまって躰がガタガタと震えてしまった。
僕が庇いきれなかった小さな弟……夏樹。
もう二度とあんな思いをするのは嫌だ!
芽生くんどこだ? どこにいる?
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