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実らせたい想い 12

「さぁ綺麗に落とせたわよ」  宗吾さんのお母さんと話していると、和装屋の店主がスーツを片手に戻って来たので、慌てて涙を拭いた。涙と引き換えに、胸の奥がぽかぽかと温かくなっていた。   「あら~流石ね」 「でしょ~暁夜さんにはお世話になっているもの。頑張ってみたわ」 「ふふ、ありがとう」 「あの……ありがとうございます。綺麗に落としていただけて嬉しいです」 「さぁ着替えてみて」 「ハイ!」  本音は、スーツにコーヒーを容赦なくかけられて途方に暮れていた。下半身に茶色いシミをつけたまま、地下鉄に乗るのも憚られ困っていた。  まさかこんなタイミングで助けてもらえるとは……宗吾さんが遠いニューヨークからも、僕を心配してくれる気持ちが伝わり、ほろりとした。    浴衣を脱いでスーツ姿に戻ると、ほっとした。やはり僕はこっちが好きだな。濃紺のネクタイを首元までキュッと締めると、心も引き締まった。 「あら……もうすっかり元通りね。お仕事に戻られるの?」 「はい、おかげさまで助かりました。午後は違う仕事が入っていますので、申し訳ありませんがこれで失礼してもよろしいでしょうか」 「えぇもちろん。きっとまた会うわね。あなたとは」 「はい、どうぞよろしくお願いします」  お辞儀をして背中を向けると、宗吾さんのお母さんに呼び止められた。 「ねぇ……玲子さんの依頼の仕事、本当に引き受けるつもりなの? あんな目に遭ってまで……」 「……はい、一度引き受けたからには何があろうとも最後までやり通します」 「そう……でもまたコーヒーをかけられるかもしれないのよ。今度はコーヒーだけじゃすまないかも。嫌な思いをするかも。よかったら私から玲子さんに一言言いましょうか」  優しい言葉をもらった。だが僕も男なのだから、そんな風にか弱い女性のようにひたすら庇ってもらうのでは不甲斐ない。出来る所までは僕なりに努力を続けたい。 「お気遣いありがとうございます。どうしても困った時は相談に乗っていただくかもしれませんが、まず……僕が誠意をこめてやってみようと思います」 「そう? 確かにそうよね。頑張って。あなたのことを応援しているわ」 「ありがとうございます」 「シミはすっかり落とせたみたいね。よかったわ」 「あっハイ」  本当だ。先ほどまで黒くこびりついていた濁った気持ちが、洗い流されたような気分だ。  ****  部署に戻ると、管野に心配された。 「葉山どうした?随分と遅かったな。クライアントはどうだった?何かあったんじゃないか」 「ごめん。少し寄り道して帰ってきたんだ」 「へぇ生真面目な葉山が寄り道だなんて、珍しいな」 「それから仕事は受けたよ。土曜日に依頼された花を届ける予定だ」 「そうか、ならよかったよ。ほらこれ食えよ。どうせ昼まだなんだろ?」  デスクの上に、ポンっと置かれたのはおにぎりだった。 「ありがとう。美味しそうだな」  ニコっと笑いかけると、管野もつられるように笑った。 「お前ってやっぱ可愛いよなーみずきちゃん」 「おい! またっ揶揄うなよ」  正直、昼食を食べる暇がなかったので嬉しかった。おにぎりを頬張りながら、先ほどの依頼について考えてみた。  真っ白な店内に赤い花の指定。テーマは嫉妬とは……  その依頼の真意はなんだろう?僕なりの解釈で、彼女の気持ちを表現してみようと決心した。  白いスケッチブックにデッサンを大きく描いていく。手を動かせば溢れ出るイマジネーション。色はここから始まり……ここへ広がり……ここにたどり着く。 「へぇ……何だか新鮮だ。いいアレンジメントになりそうだな」 「ありがとう、菅野」  ****  その晩、僕の方から宗吾さんに電話をかけた。  日本とニューヨークの時差は14時間。今は夜8時だからニューヨークの朝7時のはずだ。  ここ数日宗吾さんからの電話に出られず……メールにも返信していなかった。僕が宗吾さんの奥さんに会ってしまったのを知られるのが怖くて話せなかった。なのに……僕が言わなくても宗吾さんは気づいてくれ、お母さんにまで話を通してくれた。  そのことに感動した。何故なら今日の僕は宗吾さんの助けがなかったら、きっとかなり我慢した1日を過ごし、今頃……きっと部屋で丸まって泣いてと思う。 「もしもし……」 「瑞樹か!」 「宗吾さんおはようございます」 「あぁよかった。君とやっと話せた!」 「電話に出られなくてすみません。メールにも返事出来ていなくて……」 「いや、いいんだ。謝るな。……君を傷つけたのは俺だ」 「それは……違います。宗吾さんのせいでは、ありません」 「いや……俺の過去が君を苦しめているのは事実だ」 「そんな……あの……今日宗吾さんのお母様にお会いしました。そして助けていただきました」 「あぁ母からも聞いたよ。その……すまん。あいつコーヒーをぶっかけるなんて。本当に申し訳ない。あいつに代わって詫びるよ」 「……」 「どうした?」 「……僕は……宗吾さんに、そんな風に謝られるのは……なんだか……嫌です」 「えっ……もしかして瑞樹、それって」 「あっいえ、その」  そうだ……僕は妬いていた。  宗吾さんとかつて婚姻関係にあった女性への嫉妬が芽生えていた。こんな風に誰かを嫉妬したり羨ましいと思うことなんて、ずっとなかった感情なので戸惑ってしまう。 「嬉しいよ。あいつとはもう……本当に終わった関係だ。信じてくれ……瑞樹。それより怪我なかったか、火傷しなかったか。居ても立ってもいられない。心配で堪らないよ」 「幸い温かったし、宗吾さんのお母さんには本当に助けられました。素敵なお母様ですね……僕を助けてくれただけでなく、心温まる言葉を贈ってくださって」 「母がなんと? 変な発言してなかったか」  宗吾さんはもう気が気でない様子だった。 「……僕でよかったと」 「あぁそうか。良かった。瑞樹を気に入らないはずないからな。可愛くて健気で素直で、清楚で……優しくて綺麗で……」 「そっ宗吾さん! やめてください。恥ずかしすぎます!」 「そんなことない。全部本当のことだよ。君はもっと自分に自信を持てよ!」  愛のある言葉はすごい。    その言葉を受けるだけで、傷ついた心に薬を……クリームを塗ってもらうように、とろける気分になれるから。 宗吾さんの言葉は、魔法のように僕を溶かしてくれた。 「宗吾さんこそ、頼りになるし、行動力もあって素敵で……それに精悍でかっこいいです」 「嬉しいよ。今までで一番褒めてもらえたようだ」 「……いつも心の中では思っていたのですが、なかなか口に出せなくて、スミマセン……」   まっすぐな愛の言葉には、飾らない愛の言葉を贈ろう。 それから……言わないと伝わらない言葉は、ただ素直に伝えていけばいい。 何事もシンプルに考えていけば、絡まることも少なく、進みやすい道が開ける! ~100話達成によせてご挨拶~  本文と関係ありません。飛ばしていただいて大丈夫です。 ****  志生帆 海です。こんばんは。今日の更新で『幸せな存在』100話達成です!! 読んでくださりリアクションを贈っていただける方のお陰で、ここまで話が膨らみました。 ありがとうございます!  このお話はヒューマンドラマBLの位置づけですが、私の中ではヒーリングBLになっています。  瑞樹という人間のキャラを描いていると、人間関係の難しさから感じるストレスが緩和されるような気がします。きっと皆さんも瑞樹が味わったように、裏切り……嫉妬・疎外・排除など、理解してもらえなかったり、理不尽な想いなど様々な負の感情を少なからず経験していると思います。  そんなざわついた尖った心が瑞樹たちの世界によって、少しは静まるといいなと思います。何だか偉そうにすいません。自分らしく、のびのびと生きたいですよね!どうぞこれからもよろしくお願いします。

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