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実らせたい想い 13

「早く会いたいよ、瑞樹」 「僕もです」 「あと数日が長いな」 「帰国まであと三日ですね。きっと芽生くんも寂しがっているでしょうね」 「あぁ瑞樹にとても会いたがっているよ。帰ったら今度は水族館に行きたいそうだ。いいか」 「えぇもちろんです。宗吾さんと芽生くんと一緒に僕も出かけたいです」  本心からそう思う。宗吾さんと芽生くんと過ごす休日は格別だ。僕の居場所は確実に宗吾さんの傍に出来ていると実感していた。  宗吾さんときちんとお付き合いし出してから、ひとりの週末が寂しくなってしまった。  宗吾さんが出張中の土日は幸い仕事が繁忙期で忙しかったので、気持ちを紛らわせたが……次の日曜日からは予定がない。独りで住むには広すぎる部屋にポツンといると、世界から取り残されたような恐怖に苛まれてしまう。 「あっそろそろ支度しないと、宗吾さん遅刻してしまいますよ」 「もうそんな時間か。あー瑞樹といつまでも話していたいよ」 「僕もです」 「瑞樹、帰ったら沢山一緒に過ごそうな」 「はい!」 「いい声だ。瑞樹が明るくなってほっとしたよ」 「すみません、心配かけました」 「こらっすぐに謝るな」 「あっすみません……って、あっまた」 「はは!」  宗吾さんと久しぶりに話せてよかった。 どうしてあんなに意固地になって避けていたのか。こんなにも僕のことを考えてくれる人なのに…… 電話を終えてから壁にかけたスーツを眺めて、あらためてほっとした。  本当に綺麗に落とせてもらえてよかった。シミはもうない。だからこのまま今日悪意をもって投げつけられた言葉も消えてしまえばいい。  いつまでも心に残すな。実家で潤からの悪意を流してきたように……  スーツにそっと触れる。これは僕が就職した時に、函館の母が贈ってくれたものだから、汚したくなかった。コーヒーをかけられ僕も理性を失いそうになっていた。  大事なものを守りたい。  今の僕にとって大切なのは宗吾さんと芽生くんだ。  でも……どうやったらあの女性の怒りが収まるのか。  僕に出来る事は花を活けることくらいだ……せめて花を用いて何か出来ないだろうか。 **** 「葉山、また残業か」 「……そうなりそうだ。実は考えが上手くまとまらなくてね」  菅野は僕のスケッチを覗いて、うーんと難しい顔をした。 「こりゃ真っ赤だな」 「……お客様から赤い花を指定されてね」 「あぁ例のネイルサロンから依頼されたデザイナーズスタンドの仕事か」 「……うん」 「お前さ、やっぱその店主となんかあったんじゃないか」 「え……何で」 「そりゃスケッチブックを開く時は、いつも沈んだ表情だからさ」  しまったと思った。どんな相手でも状況でも仕事だと割り切ってやるべきなのに。 「ごめん。少し相性が良くない相手だったみたいで、手こずっている」 「ふぅん、どれ見せて見ろ。成る程テーマは嫉妬か……」 「何でそれを?」 「このデッサンを見れば伝わるよ」 「うん……そう指定された」 「そうか。だがそれにこだわり過ぎなくてもいいのかもよ。相手の本心はそこなのか。それともその先なのかさ見極めろよ」 「あっ……」 「じゃあ俺は先に帰るよ。夜道には気をつけろよ。可愛いみずきちゃん~」 「僕は男だよ? まったく」 「あぁお前は男だ。葉山らしくていいんだよ。お前は生花デザイナーなんだから」    菅野が帰った後、もう一度スケッチブックの中に咲く花を見つめた。    これは、これじゃ……ただの嫉妬の塊だ。  ここからは何も生まれない。動かない。  もっと心を揺さぶるアレンジメントを作ってみたい。  そうだ! そうか!  菅野の言葉がヒントになり、僕は全く違うテイストのアレンジメントを思いついた。  吉と出るか凶と出るかは分からない。しかし僕はこれに掛けてみる。宗吾さんと歩んでいくためにも。 ****  土曜日、ネイルサロン納入の日。 「そろそろ行ってくるよ」 「おお! その花か。いい出来だな」 「うん、菅野のおかげで僕自身の考えもアレンジ出来たよ、ありがとうな」 「そうか。役に立って嬉しいぜ」  セレモニーは夕方だそうだ。それまでに設置する約束だったので、自らの運転で彼女のサロンまで届けることにした。  どうか気に入ってもらえますように。  彼女に僕の気持ちを少しでも理解してもらえるよう、祈っている。  この花は僕なりの、嫉妬という名のアレンジメントだ。  

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