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実らせたい想い 14
瑞樹との電話を切るのが、名残惜しかった。
だが流石にもうタイムリミットだ。重要な撮影に遅刻するわけにいかない。とにかくあと数日……もう少し我慢すれば、この腕に抱きしめられるのだからとグッと我慢した。
通話を終えてこみ上げてくる気持ちは、ただ一つ。
瑞樹すまなかった。本当に申し訳なかった。
結果的に君を傷つけたのは、やはり俺だ!
俺を想い自分からは何も訴えない瑞樹。
君の我慢をギリギリのところで気づいてやることが出来た。
そんな健気な君の元へ……本当なら今すぐ駆けつけたいよ。
出張中という、この立場が恨めしいよ。
今回は特に長い出張だった。去年は芽生との関係がまだ不安定で断ってしまったので、どうしても引き受けざる得なかった。こうやって三週間も出張できたのは、母と瑞樹のおかげだ。
芽生は瑞樹と出会ってから少し変わった。前は母親が去り父親の俺しかいないことを悟り、どこか必死な様子だったが今は違う。
瑞樹の優しさに癒やされているのは俺だけでない。芽生も瑞樹のことを母親とは別の次元で大切な拠り所にしているようだ。
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「はい!カット!これで今回の仕事は完了です!滝沢さんお疲れ様です」
「おお、林さんもお疲れさん」
「ハハッ!滝沢さんは早く日本に帰りたくてウズウズだな。実にわかりやすい人だ」
俺が速攻帰り支度を始めたから、揶揄われてしまった。
「そういう林さんは、このまま恋人と旅行に?」
「まぁな、悪いな」
「同じ職場なんて羨ましいな」
「それはそうだが……仕事中は話せないから、もどかしいよ」
「それにしても彼、センスがいいな。スタイリストの素質充分あるぞ」
「あぁ幼い頃からモデルの世界で生きてきて、一流のものに山ほど触れてきたからな」
「なるほど」
スタッフとしてモデルの服装をチェックしたり忙しなく働く辰起くんのことは、この出張中、何度も見かけた。プライベート時のツンケンした印象は影を潜め、汗水垂らして懸命に働く真摯な姿に、外見は全く違うのに……何度か瑞樹の姿を重ねてしまった。
式場で花を活けるためにスーツ姿で忙しなく働く瑞樹……俺がいない十月はブライダルシーズンで多忙だと言っていたから、さぞかしハードな日々だったろう。また痩せてしまったのではないかと心配になる。
そうだ、瑞樹に何か土産を買っていこう。だが彼が喜びそうなものとは一体、何だろう?
「なぁ林さん、ニューヨークで花関連の土産といえば何だろう?」
「大事な彼にか」
「まぁそういうことだ」
「フラワーアーティストだったよな、彼。ならばフラワーマーケットはどうだ?」
「ん?花は持って帰ることが出来ないぞ?」
「だから写真を撮ってやるんだよ。絶対そういうの好きだろう。あとは彼に似合う花器を一つ買えば完璧だ」
「ふーん、洒落たことを言うもんだな。彼氏の影響ってすごいな」
「あぁ全部、辰起のおかげさ」
林さんはニヤリと笑っていた。
夜通しの撮影は早朝になってようやく終わり、帰国便までの数時間、俺はマンハッタン28丁目のブロードウェイから7アベニューの間にあるフラワーマーケットを訪れた。
生花や枝物に花瓶・ラッピング用品などを売る花専門店がずらりと並んでいる。
いかにも瑞樹が喜びそうな場所だな。いつか瑞樹と肩を並べてこの通りを歩いてみたいものだ。そうだ、新婚旅行にいいかもな。きっと彼は目を輝かせるだろう。外国には一度も行ったことがないと話していたから、いろいろな場所に君を連れて行きたいよ。もっと広い世界を沢山見せてやりたい。
俺の頭の中は君との未来の妄想で一杯だ。
人で賑わっていた店に入ってみた。奥に長い店内に、まるで敷き詰められるように花が並んでいて、どれも新鮮で生きがよいものだった。
だが……色鮮やかな世界に様々な花の香りが充満していたが、俺の求める香りだけはなかった。
瑞樹は、ここにいない。だからこそ一刻も早く帰国してm君のことを抱きしめ彼の香しい匂いに包まれたいという想いが募ってしまう。
花のような香りがする瑞樹。
きっと前の彼も瑞樹のあの匂いにやられたのだろう。俺も同類だ。だが俺は瑞樹を捨てない。絶対に捨てない。ずっと一緒に歩んでいく。
花の香りの洪水に溺れそうになるが、瑞樹を思えば自分を失わない。
瑞樹は俺の水先案内人のようだ。俺がもう二度と道を踏み外さないように、なりたかった俺に近づけるのは瑞樹のおかげだ。
花を持ち帰ることは出来ないので、フラワーマーケットの様子を沢山写真に収めた。帰国したらこの写真を肴に瑞樹を呼び出そう。そしてまるで土のような色合いのガラスの花器をひとつ購入した。
ここに花を咲かせるのは、瑞樹だ。
My trip is coming to an end very soon。
もうすぐ愛しい人の元へ戻る。
飛行機はゆっくりと離陸して空へ──
あの雲の向こうには、俺を待っている人がいる。
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