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実らせたい想い 15
広尾のネイルサロン前で、会社の車を停めた。
ふいにあの日のコーヒーをひっかけられた嫌な気持ちが蘇り、ざわりと肌が粟立ったが、極力冷静になることを心がけた。
(しっかりしろ瑞樹……ひるむな。自信を持て。俺が応援している!)
遠いニューヨークの空から、宗吾さんの声が届いた気がした。今頃彼は帰国のために機内の中なのか。もうすぐ会える……だから僕も頑張ろう。
僕にとっての『嫉妬』という概念を表現してみたが、はたして彼女に伝わるかどうかは分からない。でも悔いは無い。あるのは少しの恐怖だけだ。
サロンのオープニングパーティーは夜9時から。その前に店内の中央の空間に大きなスタンディングフラワーを飾り、立食パーティーテーブルにも小さなアレンジメントをという依頼内容だった。
(ふぅ……)
深呼吸してから大きな箱を抱え、店内に入った。
「加々美花壇の葉山です。花材の搬入に参りました」
「まぁ……あなた……ふぅん……よくノコノコとやって来たわね」
真っ赤な胸の開いたパーティー衣装を着た女性が、冷ややかな目で僕を見る。
「……引き受けたからには、やり遂げます」
(フンっ、泥棒猫のくせに……さぁどんな花なのかしらね、ちゃんと依頼通り作れたのかしら)
小さな声だったが確かに聞こえた。どっ泥棒猫だって? ……酷い。僕は何も盗んでいない!ただ……宗吾さんと心を通わせただけだ。
だが相手は今はお客様という立場だ。だから悔しさを堪えるために奥歯を噛みしめ、手をギュッと強く握った。
(瑞樹……挑発にのるな!我慢しろ!そうするのには慣れているだろう)
自分を自分で抑え込み、無言のまま中央のテーブルに花の入った箱を設置し、ゆっくりと開封した。
指定は赤い花を用い『嫉妬』を表現するとのこと。
しかし僕が使ったのは、真紅の薔薇は中央に一本だけ。嫉妬の象徴の『深紅の薔薇』を起点に、徐々に外に向かって色が淡くなっていくグラデーションフラワーを作った。中央の真紅からピンク、更に淡いピンク、限りなく白に近いピンクの薔薇。最後は純白の庭百合(マドンナリリー)で周りを厳かに囲った。
マドンナリリーは和名を庭百合といい、花言葉は「純潔」「汚れなき心」だ。聖母マリアに捧げる白百合のイメージなんだ。どうか彼女には忘れないで居て欲しい。芽生くんの母親である姿を。
そんな願いをそっと込めた。お願いだ、分かって欲しい。どうか落ち着いて欲しい。
嫉妬心は誰にでもある。それは僕だって同じだ。滝沢さんの前の奥さんという立場に、少なからず嫉妬してしまったのを認めよう。
その嫉妬心を赤一色で恨み辛みで一気に燃やすのか、それとも徐々に無の気持ちへと静めて抑えていくのか。どちらかを取れといわれたら、僕は後者を取りたい。
「なっ何なの……これ!依頼と違うじゃない! 」
「……これが僕なりの『嫉妬』です」
「何よっ馬鹿にして! 」
彼女の両手が僕の作ったスタンディングフラワーを掴み、それを倒そうと大きく動いた。
まさか!
「あっ! それだけはやめてください!」
何も伝わらないのか。
失敗だったのか。
花だけはせめて守りたい!
花は……僕の分身だ!
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