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実らせたい想い 19
「瑞樹、遠慮するなよ。さぁ上がれよ」
「あっハイ……お邪魔します」
宗吾さんに促されて、玄関で靴をのろのろと脱いだ。
ここは宗吾さんの実家だ。いつか来ることがあるとは思っていたが、まさかそれが今日だとは……僕はかなり動揺していた。
「さぁ瑞樹さん、遠慮しないで、どうぞ」
宗吾さんのお母さんにも促されたので、観念して上がらせていただいた。
「お兄ちゃんが、おばあちゃんちにいるなんて、うれしいな-」
芽生くんの無邪気な声に元気づけられる。手土産も用意していないし、今日は花を生け直したり、床にしゃがんだりしたので、スーツも皺だらけでヨレヨレだ。
こういう所は……僕も男だなと思う。きちんとけじめをつけたい。好きな人を産んでくれた方の元に挨拶しに来ているという事実に、緊張が走っていた。
そのまま居間に通されると思ったのに、何故か宗吾さんに手を引かれて階段を上った。
「宗吾さん……あの、どこへ?」
「瑞樹、ここはオレが昔使っていた部屋だ。少し待っていてくれ」
「あっ……ハイ」
「ベッド使っていいから、少し横になっていろ」
宗吾さんの部屋だって? 何だかドキドキするな。彼の今の家とはまた違う匂いを感じる。
宗吾さんは、すぐに階段を下りていってしまった。
「母さん、瑞樹を俺の部屋で少し休ませてやりたい。いいか」
「もちろんよ。きっと彼は今日はとても疲れているでしょうね。あの玲子さんとやりあったんですもの。私は芽生と夕飯の買い物に行ってくるから、留守番を頼んだわよ」
「サンキュ!あっ夕食はトンカツだな」
「まぁ察しがいいわね」
「あっそれからシャワー借りるよ」
「まぁ……どうぞどうぞ、さぁ芽生お買い物に行きましょう」
シャワーという言葉に何だか僕の方までドキドキしてしまった。
それにしても……この部屋で宗吾さんはいつまで暮らしたのかな。確か大学は一人暮らしと言っていたような。見渡すと写真立てが机の上に飾ってあった。
わ……宗吾さんが若い! 高校生の宗吾さんがブレザー姿で笑っている。あぁ笑顔は今と同じだな。彼の豪快な笑い方が好きだ。太陽の光のように僕を照らしてくれるから。
「瑞樹、入るぞ」
写真に見蕩れていると宗吾さんがラフな洋服に着替えて戻ってきた。髪の毛が濡れていて、肩にタオルをかけていた。その姿にまたドキッとした。
今日の僕は変だ。先ほどから胸が高鳴ってばかりだ。花よりも僕を庇ってくれた宗吾さん。彼にとっさに抱かれた逞しい腕の余韻がまだ残っている。
「待たせて悪かったな。何しろニューヨークから帰ったばかりで汗臭かったろう?シャワーを浴びてきた」
「そんなことないですけど……あの、お帰りなさい」
あぁ……これは言いたかった言葉だ。
この三週間ずっと恋しかった人が、今、僕の目の前にいる。
「帰ってきたよ。君の元に……って、キザかな」
「……いえ、嬉しいです。あの……さっきはありがとうございました」
「いや。こちらこそ瑞樹に悲しい思いや辛い思いをさせて悪かった。ひとりで被って……ひとりで傷ついていたんだろう。本当にごめんな」
僕はふるふると頭を振った。
もう今となってはそんなことよりも、僕を守ってくれ勇気を与えてくれた宗吾さんに触れたくて仕方が無かった。
僕に触れようと伸ばしてくれた彼の手の甲に、黒くなった痣を見つけてしまった。原因は……あの時ピンヒールで踏まれてしまったからだ。
「ここ、痣になってしまいましたね……僕のせいですみません」
「あ? あぁこんなのかすり傷にも及ばないよ」
「でも……痛そうです」
僕は彼の手の甲にそっとキスを落とした。心を込めて口づけた。
「瑞樹っ……」
彼は切なく低い声で唸った。
「……守ってくれてありがとうございます。嬉しかったです」
そう言いながら傷を舌でぺろりと反射的に舐めてしまった。自分でも驚く行為だった。でも宗吾さんの人肌が温かくて溜まらない。
「瑞樹、おいっ! そんなことするな」
「……駄目ですか」
「あーその……駄目というか、気持ち良くなってしまうから、駄目なんだ!!」
宗吾さんは顔を赤くして叫んでいた。
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