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心の灯火 3
「瑞樹……ここに来ているのか」
土砂降りの雨で視界が悪い中、俺に向かって近づいてくる男がいた。一瞬はっとしたが、すぐにそれが瑞樹でないことが分かった。何故なら瑞樹の躰のラインを俺は視覚的に覚えているから。
「堂島! 久しぶりだな」
「一馬じゃん! ー結婚式以来だな。九州からはるばる来てくれて嬉しいよ!」
「あぁ元気だったか」
「もちろんだ!」
「なぁ……」
「なんだよ?」
「……瑞樹も今日、来るのか」
居ても立ってもいられなくて挨拶もそこそこに尋ねてしまった。九州から電話で先に彼がこの集まりに出席するか聞こうとも思ったが、知りたいような知りたくないような……なんとも矛盾した気持ちで結局出来なかった。
「へぇ、やっぱり一馬も瑞樹のことが気になっているんだな」
「え……」
「瑞樹も気にしていたよ。お前のこと」
「……そうか」
「参加で葉書が来ていたぞ」
なんだかそれだけでも嬉しかった。あんな風に別れたのに……今日来てくれるなんって。
瑞樹……瑞樹ごめん。お前を置いて去って……ごめん。俺のことを恨んでいてもおかしくないよな。もしそうだとしてもそれは自業自得だから全部受け入れる。
暫く堂島と話していると、他の参加者も次々に集まりだした。
「うぉー久しぶりだな! 卒業以来か。一馬、五月に結婚したんだってな。おめでとう!」
「大分に戻っちまったのか。せっかく東京で就職したのに勿体ないな」
「親父がもう長くないから……跡を継がないといけなくてな」
「そっかー老舗旅館だっけ?お前の実家」
「……そうだ」
土砂降りの雨を物ともせず、俺たちは昔話などに花を咲かせた。
「寮……取り壊すのいつだ?」
「明日らしい」
「じゃあ本当に今日で見納めだな」
「あぁ、もう全部空き部屋になっている。鍵を借りられたんだ。中、見るか」
「見たい!」
絶対に見たいと思った。俺が初めて瑞樹を抱いた部屋は、明日にはこの世から消えてしまうのだから。
あれは……まだお互い十八歳だった。
若気の至りだった訳ではないが、お互い男を抱くのも、男に抱かれるのも初めてで緊張したよな。一度味わえば、こんなに居心地のよい場所はないと瑞樹は優しく微笑んでくれた。何度も何度も互いの躰を貪りあった部屋だった。
「あれ?そういえば瑞樹だけ、まだ来ていないな」
誰かの発する言葉に、ハッとした。そうだ。当時のメンバーが皆揃ったのに、瑞樹だけがいなかった。
「遅いな~おっと、もう居酒屋の予約時間だ、行かないと。しょうがない。瑞樹とはそこで合流だ。しかし酷い雨だな。傘をさしても、びしょ濡れだ」
「……だな」
俺たちはその場を離れ、居酒屋に移動した。
瑞樹……残念だ。でも、そこで会えるよな?
****
「ではお先に失礼します」
「あーお疲れさん」
予定通りホテルの生け込みも終わったので、この分なら時間通りに行けそうだな。もう一度鞄から葉書を取り出して確認した。18時に男子寮の前に集合して、19時から飲み会か。
一馬……お前も来ているのだろう? どんな顔をして会えばいいのか……緊張するよ。
お前に安心してもらいたい。僕は宗吾さんと出会ったことによって、ちゃんと水を取って前を向いて生きられるようになったよ。今の僕の姿を見れば、お前もきっと納得できるだろう。そのためにも会いたいと思った。
ホテルから職場に戻り、帰り支度を整え、トレンチコートを持ってエレベーターを待っていると、開いたドアからびしょ濡れの菅野が飛び出して来た。
かなり急いでいるようで、危うくぶつかりそうになった。
「うわ!」
「悪いっ、あっ瑞樹。丁度良かった!頼む。少し手伝ってくれ、緊急事態だ」
「え? どうした?」
「強風と雨で、俺の担当したデパート入り口のアレンジメントが倒れて大変だ……先生と連絡がつかなくて困っているんだ」
「……そうなのか。それはまずいな」
「瑞樹このまま一緒に来てくれないか」
「……わかった」
「サンキュ! 恩に着るよ」
厳しい状況だ。デパート入り口というのもまずいな。お客様に迷惑をかけてしまう。これは……一刻も早く対処しないと。
だが、この後の待ち合わせの時間が気になり、唇をキュッと噛みしめてしまった。皆と取り壊す寮を一緒に見られないのは残念だが……せめて飲み会には間に合わせたい。
行きたい思いを捻じ伏せて、俺は職場から応急処置できるようにと、花材と花器、花鋏などを鞄に詰め込んで、菅野と一緒にバタバタとタクシーに乗り込んだ。
雨がザーッと音を立てて窓に吹き付けてくる。ずっと屋内にいたから気がつかなかったが、嵐のような土砂降りになっていた。
窓の外は霞んで視界も悪かった。
「酷い雨になったな」
「だな。デパートから連絡が入って急げと言っている。瑞樹、お前が生け直せるか」
「え? 俺が」
「これが先生のアレンジメントだ」
スマホの写真を見せられたので、急いで確認した。
「先生と連絡は?」
「まだ取れない!時間がないんだ。瑞樹、頼む!」
「……分かった。出来る所までやってみるよ」
「ありがとう! お前は同期のホープだよ。よかったよ。同期に生花デザイナーにいち早くなった奴がいて」
ベテランの先生のように生けられるか分からないが、花が……僕を必要としてくれるのなら、それに応えたいと思った。
一馬……お前には一目会えればいい。
ほんの一瞬でいいから……今の、この僕を見て欲しいと願う。
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