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深まる秋・深まる恋 6

「瑞樹、実は……さっき少しだけ妬いてしまった」 「え? 何でですか」  身に全く覚えがないので、そんな事を言われて驚いてしまった。 「さっきの白いタキシード姿の瑞樹、綺麗で可愛かったよ」 「宗吾さん? 僕は何かあなたを不安にさせましたか」    言葉の続きがありそうだったので、そっと促してみた。 「いや、とても似合っていた。似合いすぎて、まるでモデルみたいに決まっていて、隣に可憐な女の子が並んでいてもおかしくないと思ったら、急に不安になった」 「そんな……僕は」 「あーもう、俺って奴はしょうもないよな。俺は瑞樹に関しては、本当に自信がなくなるよ」 「そんな心配……いらないのに」 「だが瑞樹は女の子と付き合ったこともあるだろう?」 「えっそれはその……高校時代に一人だけ」 「そうか、やっぱり女の子とはあるよな。あー悪い、自分のこと棚に上げて……」       そもそも……僕の恋愛対象は元々女性だったのか、それとも……何もかもあやふやだ。  高校時代に義弟の潤から性的な対象として見られ、風呂場や寝室で執拗に躰に触れられるのが背筋が凍る程、嫌だった。 **** (へぇ~ミズキのココってさぁ、もう一人前に男だな!) (もっもういいだろう? 早く手を離してくれないか) (イヤだね、もう少し触らせろよ) (もっ……もうあがらないと、母さんが不審に思うだろう) (チェッ、ケチだな) (潤……いつまで僕と風呂に入るつもりだ) (いいだろう、減るもんじゃないし、なっミズキ兄さん!)  あのままでは何が正しくて何がオカシイのか、分からなくなりそうで怖かった。  だから逃げるように高校時代、告白してくれた同級生の女の子と付き合った。しかしそれはままごとみたいな恋愛で、軽いキスをしただけで男女の肉体関係には至っていない。 **** 「こんなことを言ったら引かれるかもしれない。我が儘で迷惑かもしれないが、瑞樹をもう誰にも渡したくない」 「……宗吾さん……僕もです。僕も……あなたの傍にずっといたいです」  夏の海で「僕を捨てないで」と願ったのは、本心で本望だ。    そのまま二人でギュッとしがみつくように抱擁しあった。宗吾さんが青春時代を過ごした懐かしい部屋で、心と躰を寄せ合った。 どうしてだろう。昼間あんなにも幸せな写真を撮ったばかりなのに、こんなに不安になるのは、宗吾さんの懐はこんなにも温かいのに。  幸せ過ぎるのって怖い……初めてしみじみと感じた。 「昼間ベールをつけた君との家族写真、思いつきと成り行きだったが、とても嬉しかったよ。だが俺はいつか本当に君と結婚式を挙げたい。写真館の中でなく屋外の……そうだな、クローバーの咲く野原なんてどうだ? 芽生と三人だけでもいいから」 「宗吾さん……その言葉……とても嬉しいです。でも僕はまだ函館の母に何も話せていないのに」  そこまで口に出して自分自身の迷いと悩みに、ようやく気がついた。  そうだ、そこなのだ。僕がひっかかっている箇所は。  宗吾さんはこうやってご実家に呼んでくれ、ご自分のお母さんにまで紹介してくれたのに、僕の方はどうだ? それに見合うことをしたのか。全くしていない、出来ていない。  まだ函館の母に真実を話せていないし……生きている弟・潤の存在すら話せていない。  こんな僕が宗吾さんから幸せばかりもらっていいのかと不安になってしまう。 「瑞樹? 不安そうな顔をしているな。ごめんな。俺が先走り過ぎたよな。ゆっくり進もう。今日は……その、嫌だったか。あんな写真を撮ったの」 「とんでもないです。まだ夢みたいで……」 「夢のままでは終わらせないよ。その時が来たらきちんとプロポーズさせてくれよ」 「……ハイ」  宗吾さんが僕の顎を持ち上げたので、そっと目を閉じた。影はさらにぴたりと重なっていく。宗吾さんが僕に甘く蕩けるようなキスを沢山注いでくれる。  あぁ……そうか、宗吾さんのキスって潤いの水のようだ。 「あっ……ふっ……んっ」  何度も何度も角度を変えては啄むようなキスを受け続けた。まるで自分が雛鳥にでもなったような気分で、宗吾さんの腕に捕まりながら必死に口を開き、水を求めるようにパクパクさせていた。 「可愛いな。君を大切にしたい……ずっと傍にいて欲しいから。今日の衣装を着た君を見て、更に強くそう思った。女性と結婚なんて絶対にするなよ」 「クスっ……結局そこに落ち着くのですか。僕が女性を愛することはないです。もう宗吾さんがいるのに」  女性と結婚なんて思いつきもしないのに……  それより今度は僕が動く番だ。  宗吾さんとのこの先……この道を更に進めるために。  久しぶりに函館に帰省してみようか。広樹兄さんが僕と宗吾さんを理解してくれているのだから、前とは違う気がする。潤とのことも、いつまでも逃げないできちんと向き合って、はっきりと断らないといけない。  新しい家族に嫌われるのが怖くて、嫌なものを嫌と言えなかった僕が悪かった。その代償を払う時が近づいているのかもしれない。    ****  10月下旬の土曜日に、僕たちは鎌倉にやってきた。  芽生くんは羽織袴姿で、僕と宗吾さんはスーツ姿だ。まだ10月なので七五三詣には早いと思ったが、今は前倒しで空いている内に参拝する人も多いようで、駅前の商店街は同じような衣装に身を包んだ小さな子供達で溢れていた。 「うわぁ~メイみたいな着物の子が沢山いるよ」 「ここは七五三詣で有名だから、迷子になるなよ。芽生はすぐにチョロチョロするんだから」 「はーい!」  親子の何気ないやりとりって、微笑ましいな。  宗吾さんは僕の前とは違って、立派なお父さんだとしみじみと思う。    それにしても今日は宗吾さんのお母さんは腰痛で来られなかったので、男ばかりだが大丈夫だろうか。周りはご両親に手を繋がれた子供ばかりなので気になってしまった。  しかし芽生くんはそんなことは全く気にせず、僕と宗吾さんの間にちょこんとやってきて「一緒に手を繋ごう!」と言ってくれた。  純粋無垢な芽生くんのことが、僕は大好きだ。  透き通るような秋晴れ、天高く馬肥ゆる秋とはこのことか。  まだ紅葉には少し早いが、木々が秋色に染まる準備を始めている。 「瑞樹、今日は月影寺の洋くん達と連絡を取れたのか」 「はい、七五三のお参りが終わる時間を見計らって、丈さん達と車で迎えに来てくれるそうですよ。北鎌倉の月影寺でお昼とお茶をもてなしてくださるとのことで」 「へえ、それは楽しみだ。俺もまた流と酒を飲みたかったしな」 「駄目ですよ!今日はあまり飲まないでくださいね。連れて帰ることが出来る程度に」 「あっそうか残念だな。なら、またどこかに泊まりにも行きたいな。瑞樹と芽生と三人でさ」 「それは僕もそう思っていました」  本当に長閑な幸せな休日だ。いつまでも続いて欲しい時間だ。 「お兄ちゃん、メイもみんなが持っている、あのしかくいバッグほしいなー」 「うん? あぁあれは千歳飴だよ。僕が買ってあげるよ。宗吾さん、そうしてもいいですか」 「もちろんだ。あれはなかなか食べ切るのが大変だがな」 「そうなんですか」 「お兄ちゃん食べたことないの? ならメイのお参りが終わったら味見させてあげるね」  僕も七五三の時に手に持っていたようだが、母が「虫歯になるから後でね」と言って、それからどうしたのか思い出せなかった。  だから芽生くんの可愛いおもいやりが嬉しくて、思わず「後で味見させてね」と答えてしまった。  

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