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深まる秋・深まる恋 5

 ふわりと舞ってきたのは、花嫁が纏うレースのウェディングベールだった。  白いレースが僕の視界を掠めていく様子が、スローモーションのように見えた。 「えっ……」 「まぁ~やっぱりお似合いですね」  スタジオのスタッフの女性は顔を見合わせ微笑んでいた。その横には宗吾さんのお母さんも満足そうに目を細めて立っていた。  宗吾さんも流石にこのサプライズには驚いたようで仰天していたが、僕に近寄って照れくさそうに鼻の頭を擦りながら囁いてくれた。 「瑞樹、最高にいいぞ。君が綺麗過ぎて眩しいよ」 「そ……宗吾さん」  こんな姿……これではまるで花嫁のようだ。純白の衣装にベールまでつけて……僕は男なのに……これ以上このような夢みたいな時間を味わってはいけない。こんな風に性別の垣根を越えて祝福してもらえるような立場ではないはずだ。  ずっと過分な幸せが……怖かった。  あの日みたいに、僕の目の前で砕け散ってしまいそうで。   だから……どこかで幸せから一歩自ら退いていくような人生だった。 「わぁ~お兄ちゃん、すごくキレイだね~まるでお姫さまみたいだよ」 「クスっ、芽生くんさっきは白薔薇の騎士って言ってくれたのに、今度はお姫様かい?」 「あっそうか。でもメイはお兄ちゃんのことが好きだから、どんなお兄ちゃんでもいいと思うよ!」  嬉しいことを──  僕自身を丸ごと好いてくれるのか。 「おいで、抱っこしてあげよう」 「わーい!」    芽生くんが可愛い顔で僕を見上げていたので、思わず駆け寄って抱き上げた。すると宗吾さんがすかさず手で支えてくれた。 「芽生は最近少し重くなっただろう? 」 「大丈夫ですよ。僕だって男ですから」 「そうか、そうだな。瑞樹……俺もさっき芽生が言った通りだよ。どんな姿の瑞樹でもいい。瑞樹そのものを愛しているから」 「……宗吾さん」  ここが写真スタジオだということを忘れたような愛の告白に、顔がポッと赤く灯る。躰もカッと火照り出す始末だ。 「うわぁ~何だかすごくいい雰囲気ですね!そのまま三人でお撮りしましょう」  背後から柔らかな日差しが燦々と降り注ぐ写真館で、僕達3人はまるで結婚式のワンシーンのように自然にカメラに収まった。 ****  写真を撮り終えて再び宗吾さんの実家にお邪魔した。  宗吾さんのお母さんが夕食を作ってくれるのを、日本茶をいただきながら待っている。何だか本当に今日は夢みたいな1日だった。こうやって居間のソファで当たり前のように寛いでいると、まるで宗吾さんの家族の一員になったような気分だ。 「そうだ。次の週末は空いているか」 「えぇ、大丈夫ですが」 「よかった。実は付き合って欲しい場所があってな」 「どこですか」 「さっきの七五三の衣装のことだが……母が『お出かけレンタル』というコースも追加で頼んでくれて……だから芽生と神社に参拝したいと思っている。よかったら瑞樹も付き合ってくれないか」 「……もちろんです。僕でよければ」  宗吾さんが一人息子の芽生くんに、いろいろしてあげたいと願う優しい気持ちが好きだ。  僕も五歳の七五三すら迎えることが出来なかった弟の夏樹のためにも、是非一緒に経験したい。   「よし決まりだな!」 「あの、どこの神社に?」 「うん、鎌倉に有名な七五三詣での神社があるだろう。そこにしようと思っている」 「鎌倉ですか」 「だから帰りに寄ってみないか。あの『月影寺』という寺に」 「あ……僕もそろそろ行ってみたいと」  仕事もようやく落ち着いたので、北鎌倉の洋くんに連絡しようと思っていた所だ。 「よし、じゃあ決まりだな」 「そうだ、瑞樹、ここに来たついでに、また俺の部屋を見たくないか」 「それは……見たいですが」  ちらっと芽生くんの様子を見ると、戦隊もののアニメに夢中になっていた。芽生くんは普段はまだまだロマンチックな絵本に夢中だけれども、結構男の子らしいものも好きみたいだ。  将来が楽しみだな、もしかしたら意外に宗吾さんみたいになったりして。 「芽生はテレビに夢中だから大丈夫だよ。母は料理に夢中だしな~」  何故かウキウキした声の宗吾さんだった。 「それにしても瑞樹は風邪の治りが早くて良かったな」 「あっ昔から躰だけは丈夫で……熱を出すのも滅多になかったです」 「……そうか」  本当にそうだった。嫌われないように迷惑をかけないように生きるのに精一杯で、体調を崩し発熱している場合ではなかった。 「きっとその丈夫な躰は、幼くして亡くなった弟さんの命をしっかり受け止め、引き継いでいるからだな」 「え……」  そんな風に言ってもらったことなんて一度もなかったので狼狽してしまった。そもそも今まで僕の弟とは『潤』を指していて、誰も僕に亡くなった弟がいるなんて知らなかったから。 「……夏樹の分も?」 「そうだ。弟さんが瑞樹をいつも見守ってくれているよ」 「宗吾さんはいつも……僕が欲しかった言葉を贈ってくれます」  また……涙腺が緩んでしまう。泣きそうな様子を察知した宗吾さんが、慌てて僕の肩を支えてくれた。 「わっ!泣くなよ。瑞樹を泣かすつもりじゃなかった!」  宗吾さんが困ったように、僕を見下ろし笑っていた。 「さぁ入って」 「ハイ」  通された部屋は宗吾さんが高校生まで使っていた部屋だ。宗吾さんの匂いがする。彼の私物で埋め尽くされた空間に入ると、やはり胸が高鳴ってしまう。思わず深呼吸すると、今度は宗吾さんはギョッとした表情を浮かべた。 「なっ何か匂うか。母さんが窓を開けて空気の入れ替えをしてくれているはずだから、クサくはないだが」 「クスッ」 「あっ何で笑うんだ? 」 「宗吾さんの匂いがすごくします」 「おいおい、そんな昔の俺の匂いじゃなくて、生身の今の俺の匂いを嗅いでくれよ」  パタンとドアを閉めた宗吾さんが、僕の躰をすっぽりと抱きしめた。

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