139 / 1642

深まる秋・深まる恋 22

「あれ? 悪い! 先客がいたとは……」  背が高い方の男性に話しかけられても、何をどう答えたらいいのか分からない。気が動転するとは、このことを言うのか。そろりそろりと近くにあったタオルを腰に巻くのがやっとだった。 「瑞樹どうした? 大丈夫か」 「そ……宗吾さん、その……」  上手く説明できないよ、こんな状況。  僕の異変に気が付いた宗吾さんが、慌てて湯舟からザバッと音を立て駆けつけてくれた。いやいや待って……それはこの場合かえってややっこしくなるのではと、頭が混乱してしまう。  タオルを腰に巻いただけの僕に、真っ裸で走り寄ってくる宗吾さん。 「へぇ君の騎士登場か」 「え? いや、あの、その……」  いやいや初対面の人に、そこまで話す必要はないよな?  でも宗吾さんは真っ裸で何一つ隠すこともなく、本当にまるで騎士の如く僕の前に立ちはだかってくれていた。  これは……カッコいいかも? 「瑞樹に何の用だ? 」 「あぁすみません。風呂を借りようと思って。俺たちは洋の友人のKaiと優也です。よろしく」 「ん? 洋くんの客人か。何だ、そういう訳か。俺たちも洋くんというか月影寺の男達の友人だ」 「宗吾さん……と、とにかくタオルを巻いてください! もう上がりましょう」 「だが瑞樹がせっかく脱いでくれたのに、勿体ない」 「もうっ! 宗吾さんの関心はソコですか」  背後から愉快そうな笑い声が聞こえた。 「くくくっ、この寺には個性的な人が集まるな」 「Kai! 静かに」 **** 「へぇじゃあ風呂場であいつらと鉢合わせしてしまったのか。それは悪かったな」 「俺また裸で気まずいったら、なかったよ」 「ははっそういえば俺も瑞樹くんと真っ裸で風呂場で再会したよね」 「あの時は洋くんも大変で」 「あっそうだった」  朝食を食べながら、洋くんと談話した。  何でもさっき風呂場で会った二人は韓国からの来客で、洋くんと丈さんがソウルに住んでいた時の友人だそうだ。 「ソウルからわざわざ訪ねてくれるなんていいね」 「そうだね。彼らにとって今回はハネムーンなのかも。今日は午後から優也さんのご実家に行くそうだし」 「優也さん? 」 「優しそうな男性の方だよ」 「あぁ……」  洋くんの説明に納得した。  そうか。彼があの声の主か。さっきは喉の調子が悪そうで少ししか声を発しなかった。  随分と激しい情事だったものな。明け方聞いたハスキーな声を思い出すと、またドキドキしてしまう。 「瑞樹、鼻の下が随分伸びているぞ」 「そっ宗吾さんには言われたくないです!」 「ははっ悪い」  それにしても実家に挨拶か……僕にもそういう日が来るのだろうか。僕だって堂々と宗吾さんを紹介したい。それは函館の母にだろうか。それとも……亡くなった両親にだろうか。 「瑞樹くん、どうしたの?」 「あの……後で洋くんに少し聞きたいことがあって」 「うん、俺でよければ」 ****  朝食後、僕は洋くんと二人で竹林を散歩した。さっき翠さんと歩いた道だが、洋くんと歩くと、また違う趣を感じる。 「洋くんもご両親を亡くしたと聞いたけれども……墓参りはどうしているのか」 「実は放置していて、ずっとしていなかった。でも丈と知り合ってから無性に両親に報告したくなって……今はこの月影寺に墓を移してもらったんだ」 「僕も……お参りしてもいい?」 「もちろん」  さっきも案内された墓地に再びやって来た。洋くんは愛おし気に遠くを見つめていた。 「こっちが俺の父、そして隣に眠るのが母だ」    二つの墓石が仲良く寄り添うように並んでいた。  墓石にたっぷりと水をかけ正面に向かって合掌した。さっき翠さんに教えていただいた通りに、胸の前で左右の手のひらをぴったりと合わせ、軽く目を閉じて頭を傾けた。 (はじめまして。僕は洋くんの友人の葉山 瑞樹です。この夏、洋くんと知り合ったばかりですが境遇が似ていた事もあり、すぐに仲良くなりました。早くに両親を亡くしたことも……同性を愛することも……僕のよき理解者になって欲しいと思っています。どうか見守ってください)  お参りを終えると、洋くんが優しく微笑んでいた。 「瑞樹くんありがとう。俺の両親もホッとしているよ。瑞樹くんのような友人と巡り合えて」 「そうかな。そうだと嬉しいよ」  その時、ポケットのスマホが鳴った。こんなに朝早くから誰だろう。 「あっ電話みたいだね。どうぞ出て」 「ごめん! 」  着信は堂島からだった。彼は学生寮時代に隣にいた大学の同級生だ。 「……もしもし」 「瑞樹、悪いな。朝早くから」 「いや大丈夫だ。どうした?」 「実は一馬のお父さんが昨夜亡くなったそうだ」 「えっ」 「一旦持ち直したそうだが、結局、昨夜。でも最期は皆で看取ることが出来たそうだよ」 「そうか……そうだったのか」 「瑞樹? 大丈夫か」 「……あぁ」 「一馬から連絡が来て、一応寮のメンバー全員に回しているんだ。香典とか弔電とかは各自の判断でいいか。瑞樹も連絡先いる? ってお前と一馬の仲だもんな。とっくに知っているよな」 「……」 「じゃあ他も回すから、これで切るな」 「あっ……ありがとう」  電話を切ったあと、暫く放心してしまった。  そうか、とうとう身罷れたのか。でも僕はどうしたらいいのか。今の僕にはもう何もできない。一人の友人として弔電を? いや香典を送るべきなのか。でも…… 「瑞樹くん、大丈夫? 」 「あっその」 「どうした? 何か悲しいことが?」  洋くんが心配そうに覗いてくれるが、どう答えていいのか分からない。 「瑞樹くん、少しここで待っていて」 「分かった」  考えがまとまらず返答出来ないでいると、東屋に座っているように言われた。ブルブルと手が震えてしまうので、ギュッと握り拳を作って耐えた。  一馬のお父さんが亡くなった。  そもそも一馬と上手くいかなくなった理由の一つが、あいつのお父さんのご病気だった。一馬はこれで完全に家を継ぐことになるだろう。こんな時に不謹慎だが、これで一馬は永遠に大分に留まり、もう気軽に上京出来なくなるだ。旅館を引き継ぐとは、そういう事だと理解している。  そう考えると、あの日一馬に会えなかったのが悔やまれる。  僕はあの日、何がしたかったのか。  苦しくて、胸が苦しくて仕方がない。  宗吾さん……宗吾さん。  こんな時に甘えるのは卑怯かと思ったが、彼に今すぐ縋りつきたくなってしまった。  すると池を挟んだ向こうから、宗吾さんの声が響いてきた。 「瑞樹! そこにいるのか」 「宗吾さん!」 「俺を今呼んでくれたよな」 「……はい、僕があなたを呼びました」  心の中で呼んでいた。気が付いたら何度も何度も宗吾さんと……それが聴こえたのか。 「良かった。今そっちに行くから待っていろ!」   **** なかなか「深まる秋 深まる恋」が終わらないですね。もう少しかな…… 今回風呂場で瑞樹がバッタリ会ったKaiと優也は別途連載中の『深海』のふたりです。 ちょうど今、ハロウィーンハネムーンで来日中です♡    

ともだちにシェアしよう!