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深まる秋・深まる恋 23
「瑞樹、どうした」
東屋に座っている僕の足元に宗吾さんが跪き、スマホを握りしめたまま茫然と膝の上に置いた手をギュッと力強く握ってくれた。
「手が冷たいな」
怪訝そうな顔で、今度は僕の横に座り肩を抱いて温めてくれた。
「もしかして……」
僕の額に手をあて、じっと熱がないか探ってくれる。
「良かった。熱はないな。昨日階段から落ちてどこか打ちどころが悪かったのか。気持ち悪いとか、頭痛はないか」
あれこれと真剣に心配してくれる様子に申し訳なさが募ってしまう。僕は静かに首を横に振った。
「もう……そんなに優しくしないで下さい。何だか申し訳ないです」
「何を言う? 好きな人を心配してはいけないのか」
「僕は本当は……そんな風にしてもらうのに値しない人間ですよ」
「瑞樹? もしかして電話で何か悪い知らせがあったのか。洋くんが心配していたぞ。電話がかかってきた後……様子が変になったと」
その時になって指先が白くなるほどスマホを握りしめていたことに気が付いた。僕は馬鹿だ。もう完全に別れた人に関わることで、こんなにも宗吾さんに心配をかけるなんて。
「すみません……少し散歩して、頭を冷やしてきます」
何をどう宗吾さんに話したらいいのか分からない。だから立ち去ろうとしたのに、宗吾さんが後ろから抱きしめてきた。
「なっ……離してください」
「瑞樹、意地を張るな。何度も話しているだろう。君の悩みを分けて欲しいと。それがたとえ前に付き合っていた奴に関わることでもだ」
「何で……それを」
「君が意地を張るのはいつもそこだろう? 俺もだいぶ分かってきたよ。さぁ俺に話して」
優しい。絶対的に僕に優しすぎるよ。
そんなに甘やかされては……僕はどうしたらいいのか分からなくなる。あなたに似合う人になりたいと願う反面で、相変わらず別れた一馬のことに心を揺さぶられているのだから。最低だ。
「瑞樹、一体何があった」
今度はクルっと躰を反転させられ、正面から宗吾さんと向き合う形にされた。肩を両手で掴まれ真顔で真剣な声で問われて……とうとう我慢出来ず、僕の悩みを吐き出してしまった。
「あ……アイツのお父さん……とうとう亡くなったそうで。この前危篤だって言っていて、どうしたか心配だったのに何も出来ず。さっき同級生から連絡が入って……お香典や弔電は各自の判断でと言われて……でも、僕みたいな立場の奴はどうしたらいいのか分からなくなってしまって途方に暮れていました。すみません。僕、また……あなた以外のことでこんなに取り乱して」
本当にこんな自分が嫌だ。でも……お父さんを亡くしたばかりの一馬の気持ちを思いやると、何か……もう縁もない別れた僕だけれども……僕に何かできないかと思ってしまう。
だってアイツは付き合っている頃、よくお父さんの話をしていたので、どうしても他人事に思えない。父親を亡くすって、寂しいことだ。いつも一馬のお父さんの話に僕の父さんの生前の姿を重ねて聞いていたから余計に辛い。
「そうか……それでこんなに落ち込んで悩んでいたんだな」
「宗吾さん、こんな僕嫌じゃないですか。僕は自分が嫌になります。あなたに愛してもらい、嬉しく感じているのに、その反面いつだってこんなに優柔不断で……」
「馬鹿だな。それは前の彼氏には多少は妬くよ。俺だって人間だからね。だがそれとこれとは別だろう。人の死を悼み、何かをしてあげたいと思うことが罪なものか。俺はそこまで心が狭い人間ではないぞ」
宗吾さんに小さく叱られてしまい、我慢していた涙がとうとう零れてしまった。
「うっ……ごめんなさい」
「あっ馬鹿、泣くな。まるで俺が虐めたみたいだろう」
「うっ……宗吾さんが頼りになり過ぎて、僕……どうしたらいいのか」
「嬉しいことを言ってくれるな。瑞樹の言葉はいつも優しくて、俺はいつもハッとするよ。前の彼を恨んでもいいのに……その真逆でこんなに彼の気持ちにいつも寄り添えて……本当に瑞樹は……俺の心を優しくしてくれる人だ」
「うっ……うう」
「さぁもう泣くな。その……お香典や弔電のことは、正直俺にもどうしていいのか分からない。だが俺たちは今どこにいると思う? 」
「え? どういう意味ですか」
意図が分からず、宗吾さんの顔をじっと見つめてしまった。
「ここにはその道のプロがいるってことだよ。もしかしたら助言しえもらえるのでは」
「あっ……ここはお寺……」
「そうだ。翠さんや流さんに聞いてみたらどうだ? こういう時、君の立場で何が出来るか。何が一番相手が癒すことになるのか導いてもらえるかもしれないぞ」
「あっハイ!」
「ふっやっと瑞樹らしい返事が出たな」
宗吾さんが微笑んでくれたのにホッとした。それから僕も大きく深呼吸した。少し落ち着こう。
「ふぅ……僕、取り乱して恥ずかしいです」
「いや、可愛かったよ。困った顔もいいな。君は……」
愛おしそうに僕を見つめる宗吾さんの熱い視線に、さっきまでの冷え切った心が春の日差しを浴びたように解けていくのを感じた。
「俺は少しはまともなアドバイスを出来たかな? 」
「えぇ、宗吾さんはすごく頼りになります」
「じゃあ、お礼をもら えそうか」
「あの……?」
「君からのキスが欲しい」
「……はい」
甘く囁かれて、僕たちは東屋の陰でそっと唇を重ねた。
それは……優しい、そよ風のようなキスだった。
「あの……今から翠さん達に相談してみます。それで僕に出来そうなことがあったら、やってみてもいいですか」
「あぁ瑞樹が悔いのないようにするといい。俺も傍で見ているから安心しろ」
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