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帰郷 11

 弱っている所につけ込むのは良くないと思いながらも、やっぱり『おはようのキス』がエスカレートしてしまった。  瑞樹のすぐ横には芽生がすやすやと眠っているのに、俺も節操ない。だがまるで甘い水のようなキスに目が眩む。瑞樹も愛を求めるように唇を薄く開くものだから、舌を挿入するディープキスへと移行してしまう。 「あっあの……もうダメですって。メイくんが絶対、起きてしまいます」  瑞樹がドンドンと俺の背を叩いて、苦し気に喘ぐように訴えてくる。うーむ、そんな声は煽るだけだ。確かにそれは分かっているさ。分かってはいるが、止まれという方が酷だろ。  毎度毎度の拷問に悶え苦しむ。 「んっんっ……宗吾さん……お願い……です」  それでも彼の切なげな求めに俺は滅法弱いから、顎を掴んでいた力をフッと弱めてやると、瑞樹の方から珍しくふわっと抱きついてきた。  その仕草が幼い子供のように頼りなく感じたので、今度はキスではなく優しい抱擁で返してやった。 「どうした? 甘えているな」 「宗吾さん……宗吾さんが僕のホームって……さっき言いましたよね。あの、本当にそれでいいのですか」 「当たり前だ。もう君は家族と同じ存在だ。そうだ……本当に函館に帰るつもりなのか」 「はい、来週にはと思っています」 「そうか……だが実の親でないとなると、ますます言い出し難いよな。なぁ俺も一緒に行くか。俺が援護射撃してやる。そうさせて欲しい」 「……そんな風に言ってもらえるだけでも嬉しいです。でもやっぱり最初は僕だけで頑張らせてください。今まで僕はずっと逃げてきたから、ここから先は頑張ってみたいです。宗吾さんの傍に自分の足で行きたいから」  瑞樹の決心は固い。男らしく言い切る様子に反論は出来ない。心配は尽きないが。 「……そうか、もちろん尊重するよ。じゃあせめて実家の連絡先を教えてくれ。というかお兄さんの連絡先を教えてもらえるか」 「……はい、あっじゃあ兄に聞いておきますね」  瑞樹の実家にいきなり連絡するよりも、理解がある瑞樹の兄を味方につけた方がいいだろう。それにしても瑞樹は律儀にお兄さんも俺も立てようとするのだな。そんな健気な所がやっぱり好きだ。これじゃあの兄も瑞樹にメロメロだろう。それ分かる! 「あー結局、いいところで今日も終わりか」 「すみません。でもそろそろメイくんを起こして支度しないと幼稚園に遅刻してしまいますよ」 「あっ本当だ。メイ起きろ! 」  近いうちに瑞樹がこの家に来てくれる日が、現実になりそうだ。  そんな希望に満ちた朝を迎えていた。 **** 「パパ、お兄ちゃんいってきますー」 「おお!楽しんで来いよ」  宗吾さんの家から三人で家を出て、そのまま幼稚園のバス停で芽生くんを見送った。  これって何だかもう家族になったみたいだ。幸せな日常がありがたい。それにしても幼稚園の制服姿の芽生くんがあまりに可愛きて、つい目を細めてしまう。  僕は親馬鹿になりそうだと、ひとり苦笑してしまった。 「どうした? 笑って」 「いえあの……芽生くんって本当に可愛いですね」 「あぁモチロンだ。何しろ俺の息子だしな」 「ですね! 僕は芽生くんが大好きです」 「嬉しいよ。君の口からその言葉を聞けるとホッとする。俺は君に話しかけるのに最初はかなりの勇気が要ったことを思い出すよ」 「え……勇気って、何故ですか」 「だって君は俺よりずっと若いし、俺は子持ちのバツイチだからな」 「そんなことは」  僕の方こそ……別れたばかりで尻軽男だと思われなかったか心配だったのに。それから僕はむしろ宗吾さんにお子さんがいたことが嬉しかった。  僕の憧れた、僕が失った日々を、宗吾さんと芽生くんがこうやって埋めてくれるから。 「さぁ行こうか」 「はい」  ふたりで肩を並べて駅へと歩く。こんな日常が毎日だったらどんなに幸せだろう。幸せを手に入れるために、今度は僕が動く番だ。 「しかし残念だな。今日からまた仕事が忙しくなってしまうんだ。今日は夜、会合もあるし……」 「大丈夫ですよ、分かりました!」 「瑞樹……函館に帰る日が決まったら、すぐに教えてくれよ」 「もちろんです、それに僕は帰るのではなく……函館に行ってきます」  函館には帰るのでない。もう僕のホームはここだから。   ****  どうしよう! 本当にどうしようか。  今日は仕事が全く手に着かない。現場でぼんやりしてしまい「危ないことするな! 」と沢山怒られてしまった。  でもさ……昨日若社長から提案されたことが頭から離れないんだよ。何しろ100万だぜ。どう転んだって俺には手に入らない大金が、瑞樹を若社長に会わせるだけで手に入るなんて、そんなうまい話ないよな。1カ月……いや2カ月は豪遊が出来るそうだ。  勤務時間が終わり現場を出た角で、煙草を吸おうと立ち止まると、すっとライターを差し出された。 「若社長!いつの間に東京に 」 「やあ葉山くん、どうだい? 昨日の話はいい話だろう」 「……まぁな」 「瑞樹くんを僕の元に連れてくるだけでいいのだよ。これは宝くじよりもいい話だよ」 「……」 「それに……君は本当はもう彼に会ったのではないか」 「なっんで」 「フフっ顔に出ているよ。さてと、それならば、いつにしようか。数日間、彼を借りたいから時間を稼げそうな日を作って欲しいな」 「それ……どういう意味だ?」 「だから瑞樹くんと数日一緒に過ごしてみたいんだ。彼が数日消えても騒がれないようにしておいてっていう意味。弟の君なら出来るよね」 「……大丈夫なのか。瑞樹に変なことをするつもりじゃ? 」  全くよく言うぜ。自分がかつて散々虐めたことを棚にあげて……と心の中で自分に突っ込んだ。 「いやだな。男同士いい友人になりたいだけだよ。もう危ないことは懲りているから。悪いね、こういう方法しかなくて」 「……」  信じていいのか。上手すぎる話には裏があると頭に中では分かっているのに、金っていうモノは本当に恐ろしい。まともな思考回路が壊されていく。  俺はまるで危ないドラッグでもやったように朦朧とした気分で、ふらふらと瑞樹のマンションへと向かった。

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