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帰郷 12

「もしもし」 「おー瑞樹じゃないか。お前、なかなか連絡してこないで」 「ごめんなさい。兄さん」  久しぶりに聞く広樹兄さんの声は、相変わらず元気そうでホッとした。兄さんは何も変わっていない。変わらないでいてくれる。兄さんが東京に来た時に、僕が長年隠して来たことが全部バレてしまったのに、少しも変わらず接してもらえる事が本当に嬉しい。  だから遠慮と躊躇いで、なかなか連絡出来なかったのを詫びた。 「また謝るなって。で、どうした? お前から連絡なんて珍しいな。またスズランが必要か」 「いや、あの時は本当にありがとう。えっと……今回は違うよ。実は近いうちに帰省しようと思って」 「へぇ珍しいな、こんな時期にお前から帰省するなんてさ」 「うん、だからお店の都合とか兄さんの予定を教えて欲しくて」  ちょうど珍しくお店が来週の月・火と連休を取るとのこと。丁度僕もそこなら活け込みの仕事がないので休めそうだ。という訳で、すんなりと僕の帰省の日程が決まった。 「瑞樹、飛行機の便が決まったら教えろ。空港まで迎えに行くよ」 「えっ、わざわざ悪いよ」 「遠慮するなって。可愛い弟の久しぶりの帰省だ。それ位させてくれ」 「ありがとう。あっそれから兄さんの携帯番号を、宗吾さんに教えてもいいかな?」 「宗吾? あぁアイツにか。いいぜ! どうせ瑞樹をひとりで帰省させるのが心配だとかそういう類の理由だろう」 「……兄さんと宗吾さんは気が合うね……以心伝心だよ」 「ははっまた飲みたいぜ。あっそういえば……アイツは今こっちにいないよ」  兄さんの言うアイツとは、潤のことだ。途端にドキッとしてしまった。 「……潤はどこに? そっちで就職したはずじゃ」 「それがさ、なんか仕事で抜擢されて、実はちょうど今、東京の現場に行っている」 「え……」  絶句してしまった。 「あっ心配するなよ。瑞樹のことは聞かれてないし何も教えていないから安心しろ。それいアイツは最近はさっぱり聞いて来ないしな。それに潤だけでなく、瑞樹が今住んでいる所や仕事先などの詳細は、こっちの人は知らない方がいい。この意味は分かるだろう? 」 「あっ……うん。そうだね、助かるよ」  兄さんが言わんとすることはすぐに理解できた。潤と気まずいのはあるが、もっと避けなければいけない事があるのを久しぶりに思い出してしまった。  嫌なゾッぞっとする記憶だ。あの人……名前何だっかな。もう記憶から抹殺し名前すら覚えていない人に高校時代に追い掛け回された苦い過去があったことを思い出した。あれはちゃんと警察で処理してもらったし、もう大丈夫なはずだ。あれから8年間何もないから、もう終わったことだ。 「潤は働き出してから……結構頑張っているよ。アイツなりに……もう浅はかな中学生のままじゃないよ」 「うん、そうだね。そうか……僕も今回は函館で会おうと思ったのにいないのか。いつ戻ってくるのか知っている? 」 「聞いておくよ。俺もやっぱり兄貴なんだよなぁ。10歳下の弟の事が気になって毎日電話してシツコイって怒られてるわ。でもアイツ東京初めてだしな」  何だかんだと言っても、広樹兄さんと潤は血のつながった実の兄弟だ。こういう瞬間に見えない絆を感じてしまう。広樹兄さんに僕だってこんなに大事にされ可愛がってもらっているのに……贅沢だ。 「じゃあ、また決まったら連絡するよ」  兄さんとの電話を終えてから上司に休みの申請をすると、有休が溜まっていたのですんなりと了承してもらえた。それから宗吾さんに兄さんの連絡先と旅行の日程をメールした。  とんとん拍子で決まっていく。歯車は回り出しtあ。さぁいよいよだ。僕の方からこんなに積極的に函館に行こうと思ったのは初めてだ。  宗吾さんと知り合ってから物事を前向きに考えられるようになって来ている。だから潤のことだって『怖い、会いたくない』と決めつけて逃げるのではなく、真正面から向き合ってみようと思えた。  この広い東京の空の下に、潤……お前はいるのか。  もう21歳になったのか。    僕は今のお前と対峙してみたい。   ****  コンビニで秋の幕の内弁当というものを選んで、ひとりで帰った。  北風の冷たい夜だ。そろそろ冬用のコートを出さないと……などと、あれこれ考えながらマンションのエントランスを潜った所で、電話が鳴った。 「宗吾さん?」 「瑞樹、今どこだ」 「あっちょうどマンションに着いたところです」 「そうか、夕飯はどうした?」 「……あ……その、コンビニで」 「うーむ、瑞樹は本当に料理が駄目だな。あー早く一緒に暮らしたいよ。一緒になったら栄養のあるものをしっかり食べさせるからな」 「すっすみません」 「いや、さっき連絡先などのメールをありがとう。受け取ったって連絡だ。おっと、また呼ばれてる。悪いな、接待中で」 「いえ、少しでも話せてよかったです」 「ありがとう。お休み!」 「はい、おやすみなさい。宗吾さん」  ほんの一分足らずの会話だったが、嬉しかった。こんな風に好きな人と僕の時間が重なる瞬間が好きだ。本当に僕は宗吾さんが好きなんだなと改めて思う。  気分よく通話を終えそのまま廊下を歩いて行くと、僕の部屋の前に男性が立っていたので驚いてしまった。 「えっ……誰だ? 」  その男が僕の足音に気が付いて、ふっと俯いていた顔をあげたので、更に驚いてしまった。 「えっ……」

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