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帰郷 13
瑞樹の家にふらふらとした足取りで向かう間、オレの頭の中では天使と悪魔が交互に顔を出し、「戒め」と「甘い言葉」を囁かれているような状態だった。
最悪だよな。オレ……もう二十歳も過ぎたのに、まだこのザマだ。
オレが中学生の頃までの瑞樹は、五歳も年下のオレの顔色を窺ってビクビク、おどおどしてばかりで、それがすごく嫌だった。
まぁそもそもの発端は、瑞樹が家にやってきて間もない頃、オレのことを瑞樹の死んだ弟と間違ったのが気に食わなくて、一気に嫌ってしまった事からだ。ついでにオレのキツく横柄な性格が、繊細な瑞樹をどんどん委縮させていたことに気が付いたのは、最近だ。
それからもっと酷いことを、瑞樹にしてしまった。
中学にあがり性に目覚めたばかりのオレの好奇心の餌食にしてしまった。いつまでも一緒に風呂に入ることを強要し、瑞樹の男として大事な部分を揶揄ったり弄んでしまった。
結果、瑞樹はますますオレを避けるようになり怖がって、高校卒業同時に家を飛び出すように上京してしまった。
あー当然だよな。
はぁ全く今となってはどうしてあんなことをしたのか。あ……でもこれだけは言える。瑞樹でなかったら絶対にしなかった。もともと女の子みたいな優しい顔立ちの瑞樹は、成長するにつれて眩しい位に綺麗になって(男に変だよな、こんな表現)……だから触れたくて触れたくて仕方がなかった。本当は大切にしたかったのか……もな。
でもオレはそれ以上のことはしてないぞ。オレも成長と共に男女の行為、更には同じことを男同士でも出来るのを知り、自分のしていた行為が相当ヤバイことだったと認識した。
今更……あんな行為を瑞樹にしていたなんて、兄貴にも母にも言えないからもうだんまりだ。必然的にオレは瑞樹のことを家で話題にしなくなった。瑞樹もオレがいる時は帰省しなかったので、もう8年間も会っていない。
なのにさぁ……あーもう、兄貴が悪いんだぜ。あんな名刺を入れっぱなしにしてくから、オレの中の瑞樹への熱が再熱しちまった。今度は上手くできるか。ちゃんと弟として接することができるか。
更にその一方で、あの若社長のせいで、オレの凶暴な部分に火をつけられてしまった。
本当に瑞樹に会わせるだけで手にしたことがないような大金を得られるのか。瑞樹と引き換えに? でもそれって瑞樹をこの手で売るってことだよな。それに瑞樹の身の保全は確約できない。上手い話しには裏があるって言うだろう。100万に見合う扱いを、瑞樹が受けてしまうのか。
あーもうオレは一体、瑞樹に何をしたいのか。とにかくこのままじゃ自滅だ、駄目だ。
とにかく瑞樹に会おう! 一度会ってみたら分かるんじゃないか。本当にしたいことが何かがさ。
瑞樹を貶めるか、救うか……オレはどちらを選べばいいのか。
そんなことを悶々と堂々巡りのように考えながら、瑞樹の家のドアにもたれて小一時間ほど待ち続けた。すると廊下をこちらに向かって歩いて来る足音が聞こえたので、慌てて顔をあげた。
すぐに目が合った。
26歳の瑞樹と。
****
突然の潤の来訪。
あまりに驚き過ぎて一瞬固まってしまった。
だがつい先ほど広樹兄さんから潤が東京に来ていることを聞き、僕もちょうど潤のことを考えていたので、何とか持ち堪えられた。
それに21歳になった潤は、中学生の頃のあの刺々しい印象は影を潜め、どちらかというと広樹兄さんに似た風貌になっていたので、僕の警戒心も少し緩んだ。
「……潤……どうして、ここが」
「やぁ……オレがわかるか」
「当たり前だよ。僕の……弟の潤だから」
自分でも驚く程、素直に潤のことを弟だと言えた。
もしかしたら僕はずっと潤と出逢った頃のような普通の兄弟に戻りたかったのかもしれないと、この時になって初めて気づいた。
「え……意外だな。瑞樹の口からそんな台詞」
「そうかな。それより、どうしてここが分かった? 」
「あー兄貴に最近会って名刺を渡しただろう。それ偶然見つけちまってな」
「広樹兄さんに? あぁあれか。まったくきっと上着のポケットに入れっぱなしだったんじゃないか」
「そうそう! 兄貴はいつも作業着で、あんな格好普段しないだろう。だから東京に行ったまま吊るしてあってさ」
あれ? 不思議な気持ちになってきた。意外な程、普通に会話が出来て驚いてしまった。ずっと警戒して再会するのが怖かった潤なのに、こうやって8年ぶりにまともに顔を合わせてみると、彼は想像よりずっと大人になっていた。社会人に僕より早くなったからなのか。だからなのか。
「悪い。瑞樹が会社から出てくるの待って、一度後をつけたんだ」
「えっ!」
それはいつだ? 僕の何を見たのか……気になってしまう。
「その、瑞樹、今まで悪かったな。ずっとオレが瑞樹を怖がらせていたことを……その……反省している」
「え……」
更に潤の口から聞いたことがない謝罪の言葉まで。
これは、一体どうなっている?
本当に信じていいのか……僕は潤を信じたい。
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