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帰郷 21
宗吾さんの体重が、ズシっと僕にかかって来た。
もちろん全体重ではなく、そっと僕の躰を気遣ってずらしてくれているが、それでも彼を丸ごと感じられるような気持ちになり、思わず胸が高鳴った。
「あっあの……」
「このまま少しだけいいか」
もうこのまま彼の懐に飛び込んでもいいのでは……本当にそう思った。
最初は躰を繋げてしまうと別れがたくなと思い、躊躇していた。何故なら……長年付き合った一馬と別れてから、あいつの名残が躰に残ったままで戸惑い苦しんだのは事実だから。
でも宗吾さんと付き合いしだしてから、僕は変化を求め、それを実行出来るようになってきた。もうそろそろ一馬の名残を忘れたい。あなたの温もりで忘れさせて欲しい。だから怖がっていないで、このまま飛び込みたい。
それ程までにもう僕は宗吾さんが好きで溜まらない。
その想いを込めて彼を見上げた。
「はぁ……瑞樹……そんな目で見つめるな。参ったな。このまま本当にしたくなるよ」
「……宗吾さん」
ふたりのキスが同時に重なった。
確実に求め合っていた。焦らしているつもりはないのに、いつも途中で中断してしまう行為だった。今日は、今日こそはと願う宗吾さんの気持ちをひしひしと感じ、僕もそうなってもいいと思い、身体の力をもう一度ふっと抜いた。
なのに、そのタイミングでサイドテーブルに置いたスマホが無情にも鳴り出してしまった。
「あぁぁぁ……やっぱりなぁ……絶対何か邪魔が入ると思ったよ。もうこれはさ……呪われているレベルのタイミングだな」
「すっすみません。僕のですよね。後で出ますのでこのまま……」
宗吾さんが僕の上で苦笑する。本当に毎度毎度申し訳なさすぎる。しかし後で出ようと思ったのに、一度切れた電話がまた鳴り出してしまった。
「くくっ、もういいよ。出て」
そのタイミングで宗吾さんが僕の上から消え、着信を知らせるスマホを手渡された。見ると画面には「母」と出ていた。えっ函館の母からだ! 思わずスッと背筋が伸びてしまう。
「誰だ?」
「あっ……あの、函館の母からです」
「それは出た方がいいな」
「すみません」
僕は慌ててベッドから飛び起きて息を整えた。まだ宗吾さんの口づけの余韻が残っている濡れた唇を、そっと指先で拭ってから応答した。
「もしもし、お母さん? 」
「おはよう瑞樹」
「おはようございます」
「もう起きていた? もしかしてまだ眠っていたの? 」
「あっ……今起きたところです」
「まぁごめんなさいね。起こしちゃったのね。あなた少し声が枯れてるわよ。熱っぽいの?」
うわ……ドキッとした。熱なんてないと思うが、確実に躰は火照っていた。宗吾さんとのキスと重みを感じて。
「いや熱はない。大丈夫だよ」
「瑞樹、月曜日にこっちに帰って来るのよね?」
「うん、急だけどいいかな」
「何を遠慮しているの。当たり前じゃない。あのね瑞樹を空港まで迎えに行くわ。そのまま旅行するのよ。それを知らせようと思って電話したの」
「旅行?」
母さんの口から旅行なんて聞いたことがないので、つい聞き返してしまった。珍しいこともあるものだ。
「そうよ、皆で大沼に行きましょう。瑞樹の生まれ育った場所よ」
「え……」
大沼。その地名を聞くだけで胸が熱くなる。僕が生まれた場所。青空の下で一面緑の草原を走り回った日々。弟と笑い合ってじゃれ合って両親と仲良く暮らした家。
「ごめんね。ずっと連れて行ってあげたかったのに出来なくて。いい機会だから十七回忌の法要をしましょう。あなたの本当のご両親と弟さんの」
「お母さん……なんで……急にそんなことを」
駄目だ。また涙が込み上げてきてしまう。本当に最近の僕は涙腺が弱すぎるよ。
「どうしてかしらね。最近何だかあなたはもうこのまま東京の人になってしまう気がして……だから今のうちにちゃんとしておきたいの。ずっと心残りだったから、ね、させてね。黒いスーツ持ってきて」
「法要だなんて……ありがとうございます。僕のために、時間を割いて手配してくれて」
「あなただからよ。瑞樹だから、してあげたいの」
「うっ……」
「泣かないで。ちょうど潤も帰って来るのよ。私たちの家族旅行よ。初めての」
お母さんの一言一言が胸に刺さって涙が止まらないよ。
細かく肩を揺らす僕の背中を、宗吾さんが優しい手つきでポンポンとリズムよく叩いてくれた。
「じゃあ、飛行機の便とかは決まったら広樹に知らせておいて」
「はい」
「瑞樹、気を付けて来てね」
「……はい」
「うっ……うっ……」
電話を終えても涙が止まらなかった。
「瑞樹良かったな」
「宗吾さん……聞いて?」
「事情は分かったよ。向こうで瑞樹の本当の故郷に皆で行くのか」
「はい……お母さんがそう言っていました。それで法要迄してくれると」
「よかったじゃないか。この前北鎌倉でそんなことを言っていたよな。墓参りをしてみたいと」
「十七回忌だそうです。初めて……してあげられます」
「そうだったのか、本当に良かったな」
「僕、行ってきます」
「あぁ行ってこい」
思わず宗吾さんにしがみつくように抱き着いてしまった。
函館で絶対に話そう。
母に宗吾さんのことを。僕の恋人で心の支えになる人だと!
そう心の中で強く強く誓った。
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