196 / 1740

北の大地で 7

 クリスマス・イブの晩、俺は瑞樹の家族と酒を飲み続けた。  瑞樹と出逢って初めての大切なクリスマス・イブだが、今宵は二人きりで過ごすよりも、この温かい家族と過ごす方が、瑞樹のためにも俺のためにもきっと良い事だ自然と思えた。  瑞樹は始終落ち着いて寛いでいた。  二週間前に軽井沢で別れた時は不安げな様子をしていたが、函館に帰郷し家族に守られて大切にされて過ごすうちに、自分を取り戻せているようで安堵した。  だから飲んでいる間も常に笑顔で気配り上手だった。  そして何より育ててもらった家に、人に愛されていた。  そんな彼の姿を、俺も始終目を細めて見守り続けた。  君の存在自体が、皆を明るく優しくしている。そんな君と俺はこの先ずっと暮らしていきたいと思っている。だからすべての想いを込めて、彼の母親と兄弟に願い出た。 『瑞樹と一緒に暮らしていきたい、生涯のパートナーとなりたい』と。  瑞樹の家族には、すんなりと受け入れてもらえた。本当に瑞樹が今まで怯えて恐れていたのが杞憂だったかのように、カミングアウトも含めた全てが上手く回っている。  順調過ぎて怖くなるが、ここまでの道のり、瑞樹が軽井沢で被った苦しみを考えれば、今ここでこうしていられるのは降って湧いたような幸運ではなく、踏ん張って食いしばって手に入れた幸せなのだ。だから素直に享受していい。 「あら、瑞樹は寝ちゃったみたいね」 「本当だ。母さんどうする? 二階の瑞樹の部屋に連れて行くか」 「ううん……まだここで寝かせてあげましょう」 「そうだな。瑞樹は一人を怖がるから」  兄弟と母親の会話からも、瑞樹がこの家で羽を休ませている様子が伝わってくるよ。  しかしこの兄弟とお母さん酒強すぎだぜ。この俺が潰されるなんて……次に眠ってしまうのは俺だろう。 「宗吾も、ふらふらだな」 「おう……いや参った……」 「くくっ寝てもいいぜ」  そこからの記憶がない。気が付くと誰も起きておらず、何故だか居間の和室で全員で雑魚寝をしていた。分厚い布団を被せてもらっていたので、寒くはなかったが、こんな開けっぴろげな状態は、大学のゼミ合宿以来か。この家は心地いいな。伸び伸び過ごせるよ。  そういえば瑞樹はどこだろう? 暗闇の中で薄明りを頼りに彼を探すと、皆の中央で子猫のようにくるんと丸まって眠っていた。ふっ……ずいぶん無防備な寝顔だな。なんだか無邪気な芽生を思い出すよ。  もうクリスマス当日だな。芽生にもちゃんとサンタさんは来たか。  パパは頑張っているぞ。  ここにいられるのは芽生の応援があったからだ。可愛い息子と愛おしい恋人、来年もその先もずっと一緒に過ごせるために奮闘しているよ。  東京に残してきた息子に暫し想いを馳せた。それから瑞樹のことを見つめていると、もぞもぞと寝がえりを打ち、その拍子に布団からはみ出てしまったので慌てて掛け直してやった。 「瑞樹、ほら風邪ひくぞ」 「ん……暖かい」  あまりに可愛いので、つい声をかけてしまうと、彼の瞼は微かに震え目を覚ました。 「え……あっ宗吾さん? 」 「しっ皆寝ているぞ。瑞樹もそのまま寝るといい」 「でも……今、何時です? 」 「まだ四時前だ。もう少し寝た方がいい」 「目が覚めてしまいましたよ。やっぱり僕また途中で寝ちゃいましたか。あっ宗吾さんも、かなり飲みましたね」 「はははバレたか」 「潰されました? 潰しました? 」 「うーん、潰されたかな」 「よかった。なら広樹兄さんは機嫌よく目覚めますね」 「あっひどいな。俺のことは心配じゃないのか」 「それは心配ですよ。あの……そうだ、水でも飲みますか」  瑞樹がもぞもぞと起き、俺の方に近寄ってきてくれた。彼の家族が共に眠っている部屋で、こんな風にこっそり小声で話すなんて胸がドキドキするな。 「あ……また雪が降り出したみたいですね」  瑞樹が指差す方向を見ると、カーテンの向こうに白い雪がちらちらと舞っているのが見えた。 「雪か……東京ではなかなか降らないから嬉しくなるな」 「そうですね。僕が上京してから数回しか積もっていないかも。しかも数センチ程で物足りなかったです」  瑞樹が窓を開けると、冷たい北風がピューっと舞い込んできた。 「少しだけ換気しましょう。この部屋、酒臭すぎですよね」  瑞樹が微笑みながら窓の外に手を出して、彼がダボッと着ていた黒いセーター(そのセーター誰のだよという突っ込みはぐっと我慢している)についた雪の結晶を見せてくれた 「宗吾さん、あ……ほらっ雪の結晶が見えますよ」 「あぁ」 「上空に寒気団があって更に地表面も冷えていると、綺麗な結晶を見ることができるんですよ」 「本当だ。久しぶりに見たよ」 「良かった。雪の結晶は『雪花(せっか)』とも言うんですよ。雪の降るのを花にたとえた表現で、とても綺麗な言葉ですよね」 「へぇ……いいな」 「ですよね。冬に咲く花は少ないので、僕にはいつも空から舞い降りてくる粉雪が、まるで花のように見えていました」 「ほら、もうこっちに来い。風邪ひくぞ」  窓辺で雪を見上げる瑞樹のを背後から優しく抱きしめた。頭一つは華奢な躰。  彼のほっそりとした腰に手をグイッと回してホールドし、一緒に空を見上げた。  俺のぬくもりで包んで、共に過ごすホワイト・クリスマスか。    瑞樹となら洒落たレストランも高層階の展望台もいらないな。  ただ彼のぬくもりを近くに感じられるだけで、そこが最上の場所になる。

ともだちにシェアしよう!