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北の大地で 14

「瑞樹、悪い。ちょっとフロントが立て込んでいるから、先に部屋に行ってもらえるか。この鍵で開くからさ」 「分かった」  セイは始終忙しそうにバタバタしていた。それにしてもペンションは家族経営と聞いていたのに、さっきからセイ以外のスタッフが見当たらないような。 「兄さん、一緒にいい?」 「あぁ」  僕が住んでいた当時のままの唯一改装していない部屋は、二階の一番奥だそうだ。兄さんと階段を上り廊下を歩いていると、ふと昔の記憶が重なり、無邪気な声が聞こえて来た。 『おにいちゃん、まって~』 『ナツキこっちこっち! ボクの部屋で遊ぼう! 』  光の中に幼い子供の影が見えたような気がして、思わず目をゴシゴシと擦ってしまった。 「あ……もしかして」 「どうした?」 「ここは……僕と夏樹の子供部屋だったのかも」 「えっそうなのか」  当初は鍵なんてなかったので、きっと後から付けてくれたのだろう。部屋はどんなだったか。ぼんやりとしか思い出せないが……小さな弟とよく部屋に籠もって遊んでいた気がする。  10歳の僕と5歳のナツキにとって、ここは秘密基地のような子供部屋だった。  ドアをギィィと開くと、大きな窓から明るい光が降り注いでいた。小さな男の子と大きな男の子がその光の輪の中で楽しそうに遊んでいるのが一瞬見えた。慌ててもう一度目を擦ると、もう跡形もなかったが。その代わりに封じこめていた記憶がぶわっと戻って来た。 「瑞樹の部屋だったのか」 「うん。そうだ……ここは僕が10歳まで過ごした場所だ」  6畳ほどの部屋には、ベッドと勉強机が当時のまま残っていた。 **** 「お母さん、僕もうひとりで眠れるよ。だからここにベッドを置いて」 「まぁ瑞樹ってば急に大人びちゃって……あなただって、まだ小さな子供なのよ。もっと甘えていいのよ」 「ううん、大丈夫だよ。それにナツキともたまに一緒に眠るし」 「うん! おにいちゃんとボクのナイショのおへやにするんだ」 「ふふっなんか楽しそうなこと考えているのね。あー子供が男の子ふたりでよかった。あなたたちが仲良く遊んでくれて嬉しいわ。ほらこっち向いて」  カシャッ── **** 「兄さん……僕を産んだ母は写真を撮るのが好きで、よく一眼レフを持ち歩いていたんだ」 「へぇ、だからあの写真も」 「うん。景色を撮るのも好きだったけど、僕と亡くなった弟のこともよく撮ってくれていたよ」 「なるほどな。瑞樹……ここに来てよかったな。いろいろ思い出してきたな」 「みたいだね、よかった……幸せな思い出ばかりだ」  部屋は当時のままだった。本当にどうしてこのまま置いてくれていたのか。 「それはだな~」 「あっセイ」  いつの間にか背後にセイが立っていた。まるで僕の心中を見透かされたようだ。 「その……事故でお前だけ生き残ったのを知った両親が、いつかお前がここにやって来た時、自分の居場所がなかったら悲しむだろうって、そのままにしたておいたんだよ。ところがいつまで経ってもやってこないから焦ったぞ」 「そうだったのか」 「そうだよ。瑞樹、お帰り」  お帰り……か。  そんな風に言われるとは思わなかったな。    本当に僕の故郷なんだ。ここは……  もう跡形もないと思っていたのに、ちゃんと目に見える形で存在していたなんて。 「あの……セイのご両親はどこに? 」 「ん……うちの親は遅くに俺を産んだから、もう結構な歳で、今は便利な函館のマンションで暮らしているよ。で、俺がこのペンションを継いで、嫁さんと切り盛りしているんだ」 「そうだったのか」 「これさ……いつか瑞樹が訪ねて来たら渡せって、頼まれていた」  ドサッと差し出されたのは、重たい一眼レフだった。 「これ、もしかして……母の?」 「そうだよ。お前のもんだろう。ちゃんとメンテナンスしておいたから、すぐに使えるぞ。ほら何か撮ってみろよ」 「ありがとう! 」  受け取ってカメラを構える所までは良かった。ところがシャッターを押そうとすると、右手の指先が震えてしまった。こんな時にっ。 「あれ? 瑞樹、その指……どうしたんだ?」 「あっうん……その」  少し気まずい間が流れた。すると兄さんが掻い摘んで事情を説明してくれた。  仕事で怪我をしてしまい、現在リハビリで休職中だと…… 「そうか。お前もいろいろ大変だったな。指、早く治るといいな。でもさ、このカメラもリハビリに使えそうだな」 「そうだね。早くこれで撮影してみたいよ」  シャッターを上手く押せなくて一瞬凹んでしまったが、前向きに捉えてもらえてほっとした。 「それよりセイのお嫁さんはどこだ? さっきから姿が見えないが」 「あーそれがだな。年明けすぐに赤ん坊が生まれたので、産後間もないんだ。まだ起きられないので、仕事は俺ひとりで切り盛りしているんだぜ。冬場はお客さんが少ないからなんとかなると思ったが、結構ハードで困っているよ。もう超ハード! 」 「そうだったのか」  それは大変だ。僕も何か手伝えないかな。でも……いきなりそんなこと言いだすなんて唐突過ぎだよな。と考えあぐねていると、兄さんが先に口を開いた。 「あの、挨拶してなかったですが、俺は瑞樹を引き取った家の長男で、10歳の時から瑞樹の兄をしています」 「えぇ瑞樹から簡単なことは聞いています。心強そうな人でほっとしました」 「ありがとう。それでちょっと君に折り入って頼みたいことが」 「なんです? 」 「突然ですが、もしよかったら、瑞樹を少しの間ここに置いてもらえないか。瑞樹はよく気が付くいい子だし、療養のため休職中だが、ボランティアでペンションの作業を手伝うことなら出来るので」 「え……兄さん。何を言って」  突然の兄さんの申し出に驚いてしまった。でも同時に僕の心を代弁してくれているようで嬉しくもあった。  

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