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北の大地で 17
「瑞樹、今日からよろしくな」
「うん、何でも手伝うからどんどん言ってくれ」
「でも……お兄さんから聞いたぞ。暫く身体を動かしていなかったんだろう。あまり無理すんなよ」
心配されたが、僕としては久しぶりに躰を思いっきり動かせるのが、嬉しかった。
函館では行動に制約があった。あの男の経営する建設会社が家の隣の駅にあったので、僕も積極的に外に出る気分にはなれなかった。だからずっと二階の自室に閉じこもるか、店の奥の、外からは見えない場所でアレンジメントを作る日々だった。
それでも久しぶりに家族で過ごす大切な時間だったので、家族が望むことを素直に受け入れられた。
ただ……三週間程そんな日々を過ごすと……僕だってやっぱり健全な男子だから(宗吾さんのセリフじゃないけれども)少しは身体を動かさないと……その、悶々とするだけで困ってしまった。
ここでは今の僕に出来ることが沢山あり、働き手として求められている。
「やることがあるのが嬉しいんだよ……セイ」
「そっか、じゃあ午前中は牛乳や食材の宅配がいろいろ届くから、受け取ってキッチンに運んでもらえるか。俺は仕込み中は手を離せないから頼むよ」
「了解!」
「ふっ」
セイが嬉しそうに微笑んだ。
「どうした?」
「なんか不思議だな。あの瑞樹とこうやって一緒に働くなんて」
「そうかな。小学生の僕はどんなだった?」
「ん? 変なこと聞くんだな」
「実は……あの交通事故前の記憶が朧気で。やっと最近断片的に思い出せるようになったばかりなんだ、だから知りたくて」
「そうなのか。あれは酷い事故だったもんな」
まずい……セイをしんみりさせるつもりはなかったのに。
「えっと、僕ってどんな性格だった?」
「瑞樹は明るくて面倒見がよくて優しかったよ。それに悔しいことにクラス一、女子にモテた」
「え? そうなのか」
「そうだよ。バレンタインなんて大変だったじゃないか~あれは衝撃の量だったぞ」
「そっそうだった?」
そういう記憶も自覚がなかったけれども……これ、宗吾さんが知ったらどう思うかな。
「そーだよ。皆寂しがっていたさ。お前が急に消えちゃって」
「……ごめん」
「おっと悪いな。責めるつもりはないのに。さぁ今日も頑張ろう!」
****
花屋の朝も早かったが、ペンションも早いんだな。
当たり前だが目的をもって働くのは心地いい。何だか会社で無我夢中に下積みをしていた頃を思い出す。いつも先生よりもずっと早く出社して、花のショーケースから指示通りにその日に使う花を選び、車に運んで準備していた。
これでも結構重労働していたんだよな。僕は運動してもなかなか筋肉がつかない華奢な体つきだが、散々仕事で重たいものは運んでいたから、食材くらい大丈夫だろうと高を括っていた。ところが……
「こんちは! 木下牧場の牛乳の定期配達ですー!」
「あっはい」
ペンションの勝手口に置かれた牛乳瓶は業務用のビッグサイズだった。ガラス瓶に持ち手がついていてかなり重そうだった。
「あれ? 今日はセイじゃないんだな。えっと、誰?」
「あっ今日から手伝いをする葉山です。よろしくお願いします」
「ん? でもその声にその顔って、まさか」
配達の男性がキャップを外して、じっと僕の顔を覗き込んだ。
な……何だろう?
「ハヤマじゃなくて。青野じゃないか」
「アオノって……あっ僕の旧姓を……なんで」
函館の家では養子にしてもらったので、10歳で姓が変わった。だから久しぶりに青野と呼ばれたので驚いてしまった。という事は……この青年も僕の同級生なのか。
「オレだよ! 木下牧場のキノシタ! 覚えているか」
「あっ」
顔も躰もすごく変わっていて一瞬わからなかった。小学生の頃とは比較にならない程、変わっていた。丸く大きくね。
「思い出した? 」
「あぁ」
「おお、その甘ーいニコっと笑顔! 本物のミズキだな」
「そうだよ、瑞樹だよ」
「コイツ~! あれからこっちには全然帰ってこないで」
肩をグイっと組まれて焦ってしまった。
「わっ!」
「悪い悪い。何でいつの間に? あっそうか、ここ元々は瑞樹の家だもんな。じゃあ里帰りなのか」
「まぁ……そんなものかな」
事情をいちいち詳細に説明するのも大変なので、『里帰り』と言うのがベストなのかもしれない。
「あ……これ、受け取るね」
「おお。なぁ暫くここにいるのか」
「……春までの予定だよ」
「そうか。うれしいな。じゃあまたゆっくり話そうぜ」
「うん、そうしよう」
ところが、ミルク瓶の取っ手に手をかけて持ち上げようとしたら、想像より重たくて持ち上がらなかった。指の痺れのせいもあるのか。
「うっ……」
「おいおい、なんだよ? 弱っちいな~。ほらっ中まで特別に運んでやるよ」
「ありがとう。悪いな」
なんだか女の子みたいに手伝ってもらうことになり情けない。
そのままペンションの厨房に木下と一緒に入ると、セイが声を出して笑った。
「ハハッ、なんだよ~ 今日はずいぶんサービスがいいな」
「おう! 瑞樹のためならな」
「そう、瑞樹のためならな。そうえいば瑞樹って、女の子だけでなく男子にも可愛がられていたよな~」
「それな! 」
「え……そうなのか 」
「そうだよ。ひそかに瑞樹ファンクラブあったんだぞ」
「えぇ!!」
何だか知らない過去を暴かれるのが恥ずかしくて、頬が赤くなってしまった。
「そうそう、よくそうやって頬を染めて可愛かったよ」
「いやいや……それ洒落になんないから。お前の奥さんにチクるぞ」
「お、こっちもチクるぞ」
セイと木下がじゃれ合いだした。
「瑞樹、聞いてくれよ。セイとオレの赤ん坊も同級生になるんだぜ。時代は巡る巡るだよな」
「そうなんだ。じゃあ木下もパパなのか」
「あぁ秋に赤ん坊が生まれてな。 そういう瑞樹は、もう結婚したのか」
「え? いや……まだだよ」
「そうなのか。すごくモテそうだが」
「あぁなんか洗練されちゃって、都会の男は違うな」
いきなり話を振られて焦ってしまった。
そうか。同級生はそろそろ結婚し父親になる年頃なのか。そう思うと感慨深い。
僕は……春が来たら宗吾さんの元に行く。
そして芽生くんという可愛い男の子の父親ではないけれども、とても近い存在になる。
幸せの基準はひとそれぞれだ。
だから……僕なりの幸せを見つけられてよかった。
それにしても、ふたりの同級生の漫才のような掛け合いが、おかしくてクスクス笑ってばかりだ。
ここでの生活は明るく楽しいものになりそうだ。
****
「宗吾さん、おはようございます! 」
「あぁ瑞樹、どうだった?今日からペンションの手伝いを始めたんだろう? 指の負担になってないか」
「あ……重たいものはちょっとまだ無理でしたが、何とか」
「そうか、無理するなよ。声が明るいな」
「わかりますか。 実は今日はまた他の小学校の時代の同級生と再会したんです。二人とも心も体も丸くなって幸せそうで」
なぬぅ……同級生だと? それ大丈夫なのか。
ニューヨーク出張中の瑞樹との国際電話は、朝と夜の二回、定期便だ。
離れていても心はしっかりと重ねていきたいので、俺もせっせと恋人に電話をかけている。本当に自分が可愛く思えるマメさだ。飲みの誘いも断ってホテルに戻ってくるし、朝も早起きできている。
しかし瑞樹は大沼で変化に富んだ日々を過ごしているらしいな。何でも包み隠さず話してくれるのは嬉しいことだが、なかなかいちいち心臓に悪いぞ。
「それじゃ瑞樹の小学生時代がとうとう明かされたってわけか。相当女子にモテていただろう?」
つい心配で鎌をかけるように聞くと、嘘をつけない瑞樹は言葉を詰まらせた。
うっ、やっぱり。
「え……なんでそれを」
ついでにもう一つ聞くか。
「ついでに男にも、モテていただろう」
「えっ……それも知って? 」
あーやっぱり。心臓がもたないな。瑞樹の小学生時代か、相当可愛かっただろうな。同じクラスだったら俺も放って置けなかっただろう。
ここがニューヨークなのがもどかしいよ。
今すぐ舞い戻って瑞樹にキスの嵐で、マーキングしたい気持ちでいっぱいだ。
「……そっ宗吾さん? 息遣いが何だか……荒いですよ」
「あぁ悪い。つい想像したら心配になってな。瑞樹の過去に今更、焼きもちだ」
「そんな……心配なんて……必要ないですよ。僕は宗吾さんのことばかり、いつも考えていますから」
「瑞樹……その言葉は嬉しいよ。あれ、してくれるよな」
「あっ……はい」
瑞樹の言葉は、いつも優しい。
人を安心させる魔法を含んでいるようだ。
遠く離れていて正直不安になることも多いが、彼の思いやりが俺を支えてくれる。
だから俺は明日も明後日も、瑞樹にコールする。
今日も瑞樹から電話越しのキスをもらう。
この俺がこんなロマンチックなことに至福な喜びを感じるとは。
瑞樹との恋は、いつも新しい。
あとがき(不要な方はスルー)
****
いつもお読みくださってありがとうございます。
大沼で瑞樹は過去と触れあう大事な時を過ごしていますが、宗吾さんと離れ離れなので、ジレジレ感で私もそろそろ限界です(;'∀') 読者さまもきっと同じ気持ちでは?
というわけで、明日は話をぐっと大きく動かそうと思っていますので、よろしくお願いします。
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