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北の大地で 22

「宗吾さん、お待たせしました」 「あれ? 荷物って、これだけか」 「はい。もともと大沼には兄さんと一泊旅行のつもりで来たので、そんなになかったので」  帰り支度を整えた瑞樹は、本当に小さなボストンバック一つで立っていたので、訝し気に見つめてしまった。 「え……それじゃ……この数カ月、着替えの服はどうしていた?」 「それは……兄さんが函館から送ってくれると言ってくれましたが、函館には、そもそも僕自身の服はなかったので、セイや同級生が持ち寄って色々貸してくれて。だから不便はなかったですよ」  無邪気にニコっと微笑む瑞樹の服装をよくよく見て、あっと思った。  俺も何で今更気づくかなー  サイズが合っていないし、普段の彼なら絶対に選ばないであろう微妙なカジュアルな服装だった。色褪せたジーパンに、ダボっとしたグレーのトレーナーか。まぁ瑞樹なら何を着ても可愛いが、その同級生の服っていうのが、かなりひっかかる。  おい、瑞樹……他の男の服を着るなんて、ずるいぞ。どうせ着るのなら俺のにしたらいいのに。あぁ駄目だ。これじゃ独占欲の塊だ。そうは思うのに、どうにも恨めしい。 「あの、宗吾さん……僕、もしかして何かまずいことをしましたか」  瑞樹が不安そうに小声で聞いて来るので、それもまた申し訳なく思った。 「いや大丈夫だ。そうだ、俺のマフラーを貸してやろう」 「え? いいですよ。それじゃ宗吾さんの首元が寒くなってしまいますよ」 「いいから。何か一つ位、俺のモノも身に着けて欲しいんだよ」 「あっ」  瑞樹はやっと俺の言いたいことを理解したようで、途端に面映ゆい顔になった。  すぐに俺の濃紺とグレーのストライプのマフラーを、瑞樹の細い首に巻いてやった。  マフラーが、ふわっと瑞樹の端正な形の唇を掠める様子にドキっとした。さっきは久しぶり過ぎて、君の唇を貪るように吸いついてしまったな。俺も本当に節操ない、許せよ。   「おい、あんまり目の前でイチャつくなよ~」  おっと第三者がいたことを失念していた。もうすっかり俺たちの関係はお見通しか。 「セイっ……なんか、その……ごめんな」  瑞樹が決まり悪そうに謝った。 「ははっ、まぁいいよ。えーっと滝沢さんでしたよね」 「あぁ」 「瑞樹のこと、絶対に『幸せ』にしてくれよ。何しろ瑞樹は俺らの『ア・イ・ド・ル』なんだからさ」 「アイドル?」 「あぁ瑞樹が帰郷して再熱しちゃって大変でしたよ。なぁ瑞樹、お前小学校の時モテモテだったもんな~クラス女子がファンクラブ結成しちゃうほどにさぁ~」 「セイっ……それは言うなって」  アイドル? モテモテ? 女子? ファンクラブだって?   うう……だが……言いたいことはグッと呑み込んで、ここは大人の笑みを浮かべるしかない。 「あぁ約束する。必ず幸せにする」 「頼んだぜ。瑞樹また来いよ! 」 「うん、またきっと。セイの赤ちゃんの成長も見たいし、改めて来るよ」 「じゃあな」  瑞樹と再び並んで歩き出す。  振り返るとペンションを覆っていた雪もだいぶ解け、緑の屋根がよく見えていた。 「へぇ緑の屋根か。なんだか『赤毛のアン』みたいだな」 「『赤毛のアン』? あぁ……昔読みましたよ。マシューとマリラ兄妹に引き取られたアンが住んだグリーンゲイブルズは、確か……『緑の切妻屋根の家』でしたね」 「そうだ」 「……緑色って落ち着きますね」 「うん、いかにもここは瑞樹の家らしいよ」 「僕の家ですか……」  瑞樹も目を細めて、緑の屋根をじっと見つめていた。  どこか郷愁にかられるような、切ない目だった。  きっと彼の眼には、幼い頃の情景が映し出されているのだろう。 「宗吾さん、ここは確かに『僕の故郷』でした。あなたにちゃんと見せることが出来て嬉しいです」 「あぁ俺も嬉しいよ」 「行きましょう! 僕は本当にゆっくり冬眠したので、もう戻れます」 「そうか」  瑞樹の一言一言が、心に明るく響く。  この時を、俺もずっと待っていた。  もう離さない。  もう一人で遠くにやらないからな。

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