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北の大地で 23
大沼からバスと電車を乗り継いで、一旦函館市内に立ち寄ることにした。
東京に戻る前に、もう一度瑞樹の家族に挨拶した方がいいだろう。
瑞樹も久しぶりの家族との対面が待ち遠しいようで、何となく電車の中からそわそわし出していた。
「宗吾さん、あの、ありがとうございます」
「何がだ?」
「実家に立ち寄って下さって」
「久しぶりだもんな」
「……少しだけ緊張します」
『実家』か。
やっと……素直に自然に、そう言えるようになったのか。本当に良かったな。
俺も瑞樹の実家を訪ねるのは、あのクリスマス以来なので緊張しているよ。
あの日はつい瑞樹と夜中に二階の部屋でとんでもない羽目を外してしまい、慌てて帰ったよな。しかし……あれは……お互い高めあった後で、名残惜しいなんてもんじゃなかったぞ。もう正直苦行だ。この俺がこんなにも長い間禁欲生活を送っているなんて、未だに信じられない。
だがもう瑞樹以外に人に……俺は何の興味も持てないし……靡かない。
この歳でも、人は変われるのだな。瑞樹が変えてくれた新しい人生は心地いいよ。
「瑞樹。大丈夫か」
「あっはい」
函館駅に着いてからの瑞樹は、俺の貸してあげたマフラーに半分顔を埋めるようにして黙々と歩いていた。
そうか……やはり緊張しているのか。
何故ならここは瑞樹を拉致した憎い奴の本拠地だから。アイツの建設会社の広告や工事現場が嫌でも目に付くしな。前科もあるそうで簡単に戻って来られないはずだが、やはり苦痛だろう。
肩を並べて歩く瑞樹のことを、そっと見守った。すると俺の視線に気がついた瑞樹が、ホッと安堵した表情を浮かべた。
「ふぅ……よかった。宗吾さん、実は僕、兄さんと大沼に行く時はもっと怖かったのですが……今日はだいぶいいみたいです。まだ完璧ではないですが」
「そうか。それでいい。それが自然だ。下手に無理するなよ」
瑞樹の心は瑞樹自身でコントロールするものだ。
俺はすぐ傍で見守って、励ます事位しかできない。だからせめて温もりを届けたいと思う。今すぐその手を繋ぎ肩を抱いてやりたいが……こういう時、男同士は厄介だな。
あーここは人通りが多すぎる。
「おーい!」
駅前の遊歩道を黙々と歩いていると、白いバンの中から声が掛かった。
「兄さんじゃないか!」
「あっ……潤!」
「……お帰り」
「うん、帰って来たよ。あ、もしかして配達の帰り?」
「そうだよ。そうだ、後ろ乗って行けよ」
「ありがとう。宗吾さん乗りましょう」
これはラッキーだ。
花の香が漂う後部座席にふたり並んで座らせてもらうと、バックミラー越しに潤と目があった。
「兄さん……宗吾さんと来たってことは……いよいよ東京に帰るのか」
「うん、今日このままね。その前に潤たちに会いたくて」
「そうか……寂しくなるな。大沼に行ったきりこっちに帰って来なかったしよぅ」
どこか拗ねた甘えた口調の弟の様子に、瑞樹が微笑んだ。
「ごめんな、潤」
兄弟としての自然な会話を心底、楽しんでいるようだ。
俺は……仲良さそうな二人の様子に少し妬いてしまったようで、瑞樹の手を強引に握り締めてしまった。
「あっ」
瑞樹はちょと恥ずかしそうに、それでいてやっぱり嬉しそうに俺にも微笑んでくれた。
「おいおい、あんまりいちゃつくなよぉ! そこ、丸見え!」
「潤っ」
「まっいっかー。久しぶりなんだろ? 会うの」
瑞樹の家でも歓待を受けた。
「宗吾~とうとう連れて行っちまうのかよぉー」
広樹は酒を飲んだかのようにグダグダになっていた。
「俺の可愛い弟よぉー」
瑞樹に抱きついて頬をグリグリ摺り寄せている。
おいっ、ちょっと待て! 近すぎだろ。
あっそういえば、ずっと前に林さんが空港で見かけた光景って、もしかしてこれか。
これじゃあ恋人同士と間違えられてもおかしくないぞ。
「ちょっと兄さんくすぐったいよ。髭があたって……」
瑞樹は広樹からのスキンシップに慣れているようで、蕩けるような表情で、されるがままになっていた。
おいおい……瑞樹の柔肌が傷つくだろう! そろそろ離れろ! と叫びたい所だが、この後瑞樹を東京に連れて行く俺が……でしゃばる場面ではないのか。
ぐっと大人の我慢を心がけ、落ち着くのを見守った。
「おっと、悪い悪い。しばらく瑞樹に会えなくなると思うと寂しくて、ついな」
「兄さん。僕……これからはもっとマメに帰省するよ。その……今まではごめんなさい」
「謝るなって。あぁ必ずだぞ。今度はオチビちゃんも連れてこいよ。俺が男らしく鍛えてやろう」
「わっ芽生くんのこと? ははっ、広樹兄さんみたいなタイプは珍しいかもね」
「言ったな」
明るく和やかな輪が生まれていた。
この輪に俺と芽生も加わることが出来るのか。
瑞樹の家族は俺にとっても新しい家族だと思っていいよな。
「あらあら、玄関先で何やっているの。宗吾さんも、一緒に帰省してくださいね」
振り返れば、瑞樹の母親からも欲しかった言葉をもらえた。
「お言葉に甘えて、今度は俺の息子も一緒に連れてきます」
「待っているわ。そうだ瑞樹、これを持っていきなさい」
「えっ……」
「うーん、実は何を揃えていいのか分からなくて……」
瑞樹の母親が用意したのは暖かそうなセーターとパジャマだった。
「あなたに服を買うのなんて久しぶりで……安物だけど、肌触りはいいのよ。昔からあなたは触り心地がよいものが好きだったでしょう」
「ありがとう……本当にありがとう」
「ん……その、新しいお家で着てなさい」
なんだか……まるで嫁入り道具のようだな。
東京に戻ったら、いよいよ瑞樹と一緒に暮らせるのかと思うと、俺の胸も高鳴るよ。
軽井沢から函館に、更には大沼に……考えてみたら瑞樹は随分長い間、住んでいたマンションに戻っていない。
とりあえずそこに一旦戻るよな。ずっと空けていたし片づけもあるだろうし。そのあとのタイミングで……だろうな。
さぁ戻ったらいろいろ忙しくなるぞ。相談して一つ一つ決めていこうな。
「宗吾さんにもあるのよ。その、お気に召すかしら? 実はお揃いのパジャマなの」
お母さんは少し気恥ずかしそうに俺に手渡した。
淡い水色のフランネル生地か……肌触りがよさそうだな。
しかし……なんだか照れるな。こういうの。
「ありがとうございます」
「なんだよ。お母さん、瑞樹と宗吾さんだけかよー」
「そう言うと思ったわ。ほら、あなたたちもペアよ」
「え? なんで俺たちがペアなんだよぉー」
色違いのペアのパジャマを手渡された兄弟が、顔を見合わせて苦笑する。
「兄さんと潤と色違いなの? うれしいよ。何だか……離れていても繋がっているみたいだ。僕たち……」
優しい瑞樹の一言で、一転してそれは宝物となる。
「そうだな。そう思うと嬉しいよ。何しろ俺たち三兄弟だからな」
瑞樹の言葉は、皆を幸せにしてくれる。
だから皆も瑞樹に優しくしたくなる。
まるで……幸せな循環だ。
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