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北の大地で 25

「お母さん、兄さん、潤、長い間ありがとうございました」 「あぁ、また来いよ」 「もちろんだよ。兄さんっ」  瑞樹はそう言うと、眩しい程……朗らかに笑った。  その穏やかで優しく甘い笑みに、こちらもつられて笑ってしまうよ。 「元気でやるんだぞ」 「はい!」  溌溂としている。    軽井沢に迎えに行った時の、あの悲壮感は彼の中から見事に払拭されていた。これがこの2か月間、大沼で誰にも気兼ねせず、ゆったりと過ごせた成果なのだろう。  聞けば残っていた指の麻痺は、雪解けの合図……つまり白鳥の飛翔と共に消え去ったそうだ。  本当に劇的だ、よかった。あのままこの家に閉じ込めておかなくてよかった。結局『可愛い子には旅をさせよ』という事なのか。自分たちの決断は間違っていなかったことにホッとした。  もう泣かせたくない。瑞樹のことを……  これは家族の誰もが共通に願うこと。その願いを託すのが瑞樹の彼氏ってわけだ。   「頼んだぞ。宗吾」 「あぁ」 「……じゃあ、行ってきます」  『行ってきます』か。それ、いい言葉だな。    しっかり羽ばたいて東京でしっかり根を下ろせよ。だが、たまにはこっちにも帰ってこい。  何度か瑞樹がこちらを振り返り、ほっそりとした手を振ってくれた。  高校を卒業してからも数える程度だが帰省はしてくれたが、いつだって逃げるように帰ってしまった。だから今日はこんなにも名残惜しそうにしてくれて、兄さんも嬉しいぞ。  お前はずっと可愛い、大切な弟だ。  あの葬式の日、雨に濡れる小さな瑞樹を樹の下で見つけたのは俺だ。  血はつながらないが、その分、心で繋がっていこうな。この先も。 「あーあ、兄さん、行っちまったな。さてとオレもそろそろ旅立つか」 「えっ潤も行くのか」 「あぁ4月から早速来てくれって返事をもらえたからな。兄貴、オレは軽井沢に行ってくるよ」 「そうか。一度に……なんだか寂しくなるな」 「そうか。休みには戻ってくるし、兄貴も来てくれよ」 「あぁ」  十歳も年下の弟。父親の顔も知らずに育ったのが不憫で、つい甘やかしてしまった潤。  お前が瑞樹にしてしまったことを忘れるな。ずっと覚えていろよ。厳しいようだが、もう二度と同じ過ちを繰り返さないための戒めだ。 **** 「そうだ! 宗吾さん、お土産を買って行きましょう」 「あぁそうだな。芽生に頼まれているし。でも搭乗時刻が迫っていて、あまり時間がないぞ」 「大丈夫です。そうだな。宗吾さんはここで少し待っていてくださいね」  空港の売店で、瑞樹は手際よくパパっと土産物を選んでいった。  へぇ、そうか、こういう決断力はあるんだな。  あぁ花を生ける時と同じだ。瑞樹はこうだと決めたらまっすぐな男なんだ。  瑞樹のまた新たな一面を知る。 「お待たせしました!」 「おお、随分買い込んだな」 「宗吾さんのお母さんとメイくん、それから僕の会社と、あと長く留守にしたので、マンションの大家さんにも。僕の好きな定番のホワイトチョコレートにしましたよ」  瑞樹は両手に抱えきれない程の菓子箱を持ってきたので、ヒョイと持ち上げてやった。 「あっありがとうございます」 「いや、指は本当にもう大丈夫なのか」 「はい、ほら見て下さい」  瑞樹は自分の手を開いたり閉じたりして見せて、ニコッと微笑んだ。  本当に良かった、心配していたんだ。繊細の指の動きを必要とする職業だからな。 「大家と言えば、そういえば瑞樹の住んでいるマンションの解約手続きはしたのか」 「あっそれが……」 「なんだ、まだなのか」 「実はすっかり忘れていて、昨日思い出して……近々解約する意思だけは伝えたのですが」 「おいおい、書面で手続きとかもいるんだろう」 「はい。なので明日にでも相談に行ってきます」 「まぁ帰ってからおいおい考えよう。今日は瑞樹も移動ばかりで疲れただろう」 「……すみません」  滑走路を一直線に走り、飛行機が離陸する。  北の大地から飛び立ち、ネオンが洪水のような人工的な街に君を連れて行く。    絶対に枯らさない。  俺が朝も晩もちゃんと水をやって、潤いを保たせてやるからな。  都会にも樹々はあり、公園もあり、花も咲く。  瑞樹が好きなシロツメクサの原っぱもある。  北の大地で羽を休ませた瑞樹を、今宵、俺の大地に連れて行く。  飛行機はやがて上空へ。  飛び立とう。  俺と瑞樹も── 『北の大地で』 了 あとがき(不必要な方はスルーしてください) **** こんにちは志生帆海です。 いつも読んでくださり、いつも沢山のリアクションを贈ってくださり嬉しいです。おひとりで連打してくださっている方が毎回いらして、本当に感謝しております。 ようやく『北の大地で』が終わりました。今度は25話までいきましたね! 実は2月の様子もじっくり書こうかと思ったのですが、宗吾さんと離れている瑞樹に、作者が我慢できなくなって端折ってしまいました。 そしてお気づきかと思いますが、とっても素敵な表紙絵を描いていただく機会に恵まれました。3人が物語の世界から飛び出してきたようで、本当にうれしかったです。 あらためて、おもち様ありがとうございます。 物語の舞台は再び東京へ。 長い道のりでしたが、もうすぐです! 出会って1年ですからね♡ そのシーンを書くのが楽しみです。じっくり長く描写したいです。そして更に1年後、幸せな復讐をするまでの道のりも今後また楽しく書いていきたいです。 もしよろしければ……お気軽にコメントなども置いてくださいね。 私にとって、更新の励みになります!  

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