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幸せを呼ぶ 2
「あっ、毛布ありがとうございます」
「寒くなかったか」
「はい。とても暖かかったです」
それは……宗吾さんがずっと手を繋いでくれていたから。
そう言いたかったが、宗吾さんの左隣に座る女性にじっと見られて恥ずかしくなってしまった。
でも本当にそう思う。眠っている時も……ずっと指先から宗吾さんからのぬくもりを感じて心地よかった。僕と宗吾さんが触れ合えるのは、3カ月ぶりなんだ。だからもっとくっついていたい。一緒にいたい。でも東京に戻って来たからには、そう甘えてばかりもいられないと気が引き締まる。
到着ロビーで荷物を受け取ってから、宗吾さんに聞かれた。
「瑞樹、今日はこの後どうする? 」
「……あっ、今日は一旦自分の家に戻ります。宗吾さんは明日もお仕事ですし、僕も明日は朝からマンションの解約の手続きなどしないと」
「……そうか」
そう答えると、彼は少しがっかりした様子だった。それは……自分で答えておきながら僕も同じだった。
でも宗吾さんだって今日は東京と函館を往復して疲れているだろう。頼ってばかりでは不甲斐ない。あんな目に遭ってから……僕だって男なのに、ずっとあなたに甘えてばかりなので、少しは控えないと。
「じゃあ、せめて家まで送らせてくれ」
「そんな、遠回りになるのに」
「いや、そんなことない。俺がしたいんだ」
最寄り駅からはタクシーに乗った。道中……何となくお互い無言だった。時計はもう夜の10時を回っていた。宗吾さん……今日は仕事の後に函館まで往復するなんて、本当に長い一日だったろう。
でも迎えに来てもらえて嬉しかった。僕もそろそろと思いつつ踏ん切りがつかないでいた。相変わらず宗吾さんの強い行動力が好きだ。ぐいぐい引っ張ってくれるのが魅力的な一面だ。
「宗吾さん、また明日連絡します。今日はとにかくゆっくり休んでくださいね」
「そうか……じゃあ玄関に入るまで」
「大丈夫ですよ。このままタクシーで戻って、早く眠って下さいね」
「……」
宗吾さんを見送って、三カ月ぶりに帰ってきた自宅マンションを見上げると、深いため息が出てしまった。
あと少し……もう少しだけ……ここで僕がしないといけないことがある。
すっかり失念していたが、この部屋の借主名義は一馬になっていた。大家さんに申し出ると解約にはあいつのサインや印鑑がいるらしい。
困ったな……どうやって一馬に連絡を取ればいいのか分からない。まったく今更過ぎるよな。もっと早く気づいて名義を変えてもらえばよかった。
本当はもっと早くここから出ていくつもりだった。あんなことさえ起こらなければ、あのまま函館旅行に行けていたらと……やはり悔やまれる。
このことを宗吾さんに素直に言い出せないなんて馬鹿だよな。なんでも話すって決めたのに。
ガチャ……
誰もいない家に戻るのは久しぶりで、緊張してしまう。
函館に戻ってからはずっと賑やかな環境だった。花屋を営む家で、お母さん、兄さん、潤に囲まれて過ごした。夜寝るときも、次々に僕の部屋をのぞいてくれて、恥ずかしいやらうれしいやらだったな。
大沼ではセイと奥さんと赤ちゃんと食事を共にした。1日中働きづめで、部屋に戻ると倒れるようにベッドで眠ってしまったから寂しいと思う暇がなかった。それに宗吾さんと毎日電話で話せたし。
本当にひとりきりになるのは、久しぶりだ。
一人には慣れていたはずなのに、僕はすっかり弱くなってしまった。
「うわっ随分空気が籠ってるな。埃っぽい……」
流石に部屋は締め切った匂いが立ち込めていたので、急いでベランダの窓を開け換気した。
外はもう冬じゃない。春の夜風がひんやりと頬を掠めて心地良かった。
なんとなくそのままバルコニーから下を見下ろすと、人影が街頭の下に照らされていた。
あんな所に人が……一体、誰だろう?
どうやら男性のようだ。大柄な……
目を凝らすとその影がゆらっと動いて、明るみになった。
「えっ何で……」
思わず大きく身を乗り出してしまった。
「宗吾さん? どうして……帰ったんじゃ……」
宗吾さんは僕と目が合うと、悪戯っ子のように笑って「上に行っていいかい?」とジェスチャーで示してきた。
だから思いっきりコクコクと頷いてしまった。
び……びっくりした。でも嬉しい!
****
「すみません。やっぱり、ここで降ります」
空港に着いてから、瑞樹がこの後何を望むのか気になっていた。今日……どこに戻りたがるのか知りたかった。とにかく俺は出しゃばらずに、瑞樹の判断に任せるつもりだった。
なのに『自分の家に戻る』と言われたときは、やはりがっかりしてしまった。瑞樹が俺の体調を気遣ってのことだと分かったので、素直に従うつもりだった。
最寄り駅からタクシーで彼の自宅前まで送り、そのまま俺はタクシーで戻ることにした。
だがな、らしくないんだよ。こんなのは俺らしくない。
やめた! やっぱり心に素直に従おう。
瑞樹の気遣いはありがたいが、このまま家に帰っても今日は芽生は実家だし、一人で瑞樹の心配ばかりしそうだ。
そう思うとタクシーを飛び降りて、マンションに戻るために足早に坂道を今度は自分の足でガツガツと上った。
瑞樹の住むマンションが、徐々に見えてくる。
やがて瑞樹の部屋にポッと明かりが灯った。
橙色の灯。
まるでそれは希望の灯りのようだった。
きっと俺を見つけてくれる。
そんな予感がした。
やがて窓が開いて瑞樹がバルコニーに出てくる。
『俺はここだ』そう強く念じると、君とばっちり目があった。
繋がっているんだな。俺たちは……
そう確信できると、さっきまでの萎えた気持ちが一気に盛り返す。
春の息吹だ。
俺の今の感情はまさにそれだ。
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