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幸せを呼ぶ 8

「すみません。電話した302号室の葉山ですが……」 「あぁ君か。待っていたよ」 「はい」 「これが解約の書類の控えだよ。退室日は希望通り4月21日で了解したよ」 「え?」  何だか話が噛み合ってない。一体いつの間にそんな話が進んだのか、まだこれからだと思っていたのに。  首を傾げながら大家さんに渡された封筒を持って部屋に戻り、ソファで深呼吸しながら封筒の中身を取り出した。  驚いた。   「なんで……これは……一馬の文字じゃないか」  いつの間に? どうして……  しばらく意味が分からず唖然とし、じっと書面を見つめてしまった。  「相変わらず、ちょっと右上がりのクセ字だな」  懐かしいアイツの文字だ。でもただ……懐かしいだけだ。  それ以上の感情は、もう何も沸いてこなかった。  そうか……僕は本当に一馬への想いを昇華したんだな。  それにしても東京にわざわざ? きっと何かの用事で立ち寄ったのだろうが、僕が解約意向を大家さんに伝えたのを聞いて、気を利かせて書類を書いてくれたのか。  アイツは……昔からそういう事が出来る奴だった。  このマンションに決めた時だって、そうだったな。 『瑞樹、このマンションにしょうぜ! こんな格安物件滅多にないし、間取りもちょうどいい。ほら早く申し込まないと、いい物件は即決しないと! 』 『うん……でも保証人が必要だろう……まずは函館の親に相談しないと』 『そんなこと気にするな。瑞樹は言いだし難いだろう? だから俺の名義で借りてやるから。なっ、もう父親にも許可もらってるし』 『……そんな悪いよ』 『いいって、それよりふたりで暮らせるのが嬉しいよ』  そんな風に勢いよく始まった同棲生活だったな。  もうすべて思い出になっている。だから素直な気持ちで思い出せるよ。 「一馬、ありがとうな。これがなくて困っていたんだ」  もう近くにいないだろうが、せめて礼を言いたくて。久しぶりにアイツの名前を声に出し、ハッとした。  まさかな……  昨日この部屋の近くで感じた、一馬の気配を思い出した。あの時、もしかしたら僕たちはまたすれ違ったのかもしれない。  それにしても何で4月21日を指定したのか。  去年は……手帳を捲ると日曜日だった。  あっそうか……あの日だ。  その日の明け方まで僕たちは愛し合い、その後、別れた。  一馬と別れてちょうど1年なのか…… 「馬鹿だな。その日を指定するなんて……あの日まで僕をここに縛り付けるのか」  大家さんに確認すると、やはり一馬が昨日来て書類を書き、4月21日までの家賃も払ったそうだ。 ****  瑞樹から夜に電話をもらった。 「宗吾さん、こんばんは」  少し悩ましい声をしているな。早速何か問題でも? と心配してしまう。 「瑞樹……ひとりで大丈夫だったか。今日は何をしていた? 」 「はい、あの……実は解約のことで大家さんの所に行ったら……その」  その後、瑞樹が躊躇いがちに話したことは、少々妬ける内容だった。  前の彼氏がやってきて、解約の書類や引っ越すまでの家賃を払っていったとのことだ。      なんだよ……やるじゃないか。  瑞樹が解約の書類の件で悩んでいたのは察していた。それを……察知したのか向こうから準備していくなんてな。手間は省けたし瑞樹の気苦労も緩和されるからよしとするか。 (って俺、なんだか偉そうだよな) 「で、いつ退室予定なんだ? 」 「……それが……ですね」 「どうした?」  瑞樹は、更に躊躇う声色になった。 「いつだ? 」 「……4月21日です」  テーブルの卓上カレンダーで確認した。    何だ、約1か月先じゃないか。でもまぁ……瑞樹が引っ越しの準備をしながら、仕事に復帰して……というスケジュールを考えると悪くはないか。 「何かあるのか」 「その日は……」 「何かの日だった?」 「……すみません、宗吾さん」  言う前から謝るなんて、瑞樹らしい。  これは絶対前の彼氏絡みに違いない。 「前の彼氏との記念日?」 「……あの、宗吾さんは覚えていませんか」 「何を?」 「……公園で泣いていた僕を」  そう言われて「あっ!」と思った。  あの日か!  瑞樹が前の彼氏に置いて行かれ……原っぱで泣いていた日だ。 「はい……あいつと別れた日です。あれからちょうど1年です。すみません……まさかそんな日を指定してくるなんて。引っ越し……やっぱり早めましょうか」  瑞樹は俺の前で、別れた彼氏の話をすることに戸惑っているようだった。  そりゃ俺も聞いていて気持ちいいものではないが、相思相愛だったのだ。瑞樹が選んだ男だったんだ。そう思うと認めてやらないと……とも思うが、優位に立ちたくなるのは男の性なのか。 「瑞樹、それは違うだろう。もっと前向きに考えろ」 「前向きって? 」 「その人は、同時に俺と出会った日だろう。だからいいじゃないか。俺たちが出逢って1周年に引っ越してくるって」  瑞樹は電話の向こうで、ハッと息を呑んだようだ。 「宗吾さんは……本当にすごいです。あぁ……僕はまだまだですね。物事を一方通行でしか見られなくて」  不利だと思ったことも、見方を変えれば優位にもなるものだ。  ぐるりとひっくり返し、瑞樹の心を俺は掴みに行くよ。 「その日がいいな。君が俺と同居を始めるのは」 「……宗吾さん、いいのですか。本当に? 」 「当たり前だ。さぁ具体的に日取りも決まったぞ。準備を始めないとな!」 「ありがとうございます! 僕……」 「そうするか」 「そうします!」  やっと瑞樹が明るい声になってくれた。 あとがき(不要な方はスルーで) **** 志生帆 海です。ただいま!旅行から戻ってきました。 軽井沢旅日記としてツイートを7つもしています♡よかったらどうぞ♡ TwitterID @seahope10 美しい山並み。青空。温泉に夜景…… 宗吾さんと瑞樹が軽井沢に旅行に行ったらをフル妄想してきました♡ そのうち軽井沢旅行編(上書き旅行)書いてみたいです。 留守中も沢山の方に読んでいただけ、リアクションも沢山くださりありがとうございます。 家族旅行だったので、更新できず……でもすごく励みになりましたので、帰宅後すぐに続きを書いてしましました♡ こんな風に彼らの同居まで一歩一歩明るく前向きに進んでいます。  

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