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幸せを呼ぶ 17

「じゃあ本当に行ってきますね」 「あぁ気を付けて」 「はい!」  朝から宗吾さんと、涙が滲むほど笑ってしまった。  なんだか久しぶりだ。こんなにも明るい朝を迎えるなんて……  会社の受付カウンターをIDカードをタッチして通り抜け、エレベーターに乗る。  懐かしさが込み上げる。  ここは僕がずっと憧れていた会社で、内定を取れた時は本当に嬉しかった。  人波に押されるように高層階へのエレベーターを待つ。  あぁ……久しぶりの動線だ。  スケルトンになっているエレベーターで一気にビルの28階まで上昇する。  動き出してすぐに眼下を見下ろすと、宗吾さんの姿を捉えることが出来た。  あ……宗吾さんだ。まだいてくれたのですね。嬉しいです。  真っ白なガードレールの前に立って、高層ビルを見上げてくれている。  僕を見守ってくれる温かな視線が心地よい。  頑張ってきます!  そう心の中で呟いた。何しろ3カ月ぶりの出社なので、本当は緊張していたんだ。でも宗吾さんのお陰ですっかり解れた。  28階のエレベーターホールで、同期の菅野に会えた。 「おおおおおお!葉山!葉山じゃないか」 「菅野!」  まるで大型犬だ。いつも広樹兄さんにされるように抱きつかれ、揉みくちゃにされてしまった。菅野のこうされるのは嫌じゃない。でもちょっと激しすぎるよ。 「おっおい! スーツが皺になるよ」 「だってーお前がずっといないから寂しかったんだよぉ」 「うん、僕もだ。また一緒に仕事しような」 「あっ指を怪我したんだったな。もういいのか」  いきなり手をつかまれて指先をじっと見られたのは、気恥ずかしかった。  こんな光景、宗吾さんが見たら大変だ。僕の頭の中には宗吾さんが住みついているようだ。 「ここ……まだうっすら傷跡あるな。これは結構深く切ったな。神経やられたら、ヤバかったな」 「ごめんな。でも、もう大丈夫だよ。麻痺が残っていたけど無事に解消したんだ。それより僕の不注意で、部署の皆にも迷惑かけて……」 「いや、一番大変だったのは葉山だろう。皆もそれは理解しているさ、さぁ行こう!」  背中を押されるように僕の部署に入り、まずはリーダーのデスクの前に立った。  一気に気が引き締まるよ。 「……あの、おはようございます」 「おぉ! 来たな」 「リーダー今日からまたよろしくお願いします」 「皆集まってくれ。今日から葉山が復帰する」  見慣れたメンバーが笑顔で集まってくれた。皆変わらず、元気そうでホッとした。 「葉山です。突然の怪我で、皆さんには大変ご迷惑お掛けしました」  深々と頭を下げた。僕の復活を気に入らない人がいてもおかしくない状況だ。まして散々迷惑かけて元のポジションに戻るなんて、受け入れてもらえないかもしれない。  反応が怖くて、目をギュッと瞑ってしまった。  するとどこからか拍手が起こり、やがて輪になった。 「葉山、退院おめでとう!」 「ミズキくん怪我治ってよかったな」 「お帰り!」 「お帰りなさい。また一緒に働こう」  仕事に大きな穴をあけてしまったのだ。歓迎されないパターンも考えていたのに、本当に皆の反応が優しくてあたたかくて、なんだか泣きそうだ。   いつから僕はこんなに涙脆くなってしまったのか。 「うっ……」  今まではずっと呑み込んで来たものが、呑み込めない。隠していた涙が隠せない。  頭を上げたら泣いてしまいそうで、顔を上げられないよ。 「葉山、皆、歓迎しているぞ。ほらっ大丈夫だ」  リーダーが肩にポンっと手を置いてくれた。僕の肩は小さく震えていた。 「さぁ顔を見せてくれ」 「ハイっ」 「いいね。君のそのハキハキした返事、また一緒に働けるのが嬉しいよ」  あぁ駄目だ。顔をあげた途端、涙が零れ落ちてしまった。  もういい大人なのに、こんな風に人前で泣くなんて恥ずかしいのに、止まらなかった。  僕は……ずっとここに戻ってきたかった。 「あぁ……もう泣くな」 「やだ、キュンとする」 「リーダー出番ですよ」  皆の顔が、涙で霞む。 「すっすみません。泣くつもりじゃ……」 「なんだか一皮剥けたな」 「うっ……また一緒に働けて嬉しいです。頑張ります!」 ****  瑞樹……頑張って来いよ。  エレベーターで上昇していく瑞樹の姿を眩しく見送った。  遠目だったが、瑞樹の姿を捉えることが出来た。  彼も俺を見つめてくれていたのが、伝わってきた。  それからどんどん小さくなっていくのを、ずっと見つめ続けた。  やっぱり瑞樹には、朝の澄んだ爽やかな光が似合うな。  さっき街路樹の下で笑いあった時、ドキっとしたよ。    君は……眩い位、綺麗な笑顔を浮かべていた。  本当に暗く長いトンネルを抜けたんだな。瑞樹……  もう本当に君以外考えられないよ。  瑞樹を愛する気持ちがエレベーターの上昇とともに高揚していくようだった。  それにしてもさっきの輩はなんだ?   瑞樹にも気を付けるようによく忠告しておこう。 「おっともうこんな時間か」  腕時計を見て、やっと我に返った。  今朝は幸せな遠回りをした。  こんな遠回りならいくらでもしたいよ。  瑞樹といると、今まで歩んでこなかった道が見えてくるな。  

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