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幸せを呼ぶ 18
自分のデスクを前に、感慨深い気持ちになった。
久しぶりだ。
あの日、函館に行っても、すぐに戻るつもりだったから、机の上でも引き出しの中も……そのままの状態だ。皆、気を使ってそのままにしてくれていたのか。
何もかも、まるで時が止まったようだ。
何もなかったように感じてしまう。本当に何もなかったらどんなに良かったか。少しだけ仄暗い、悔しい思いが込み上げてきてしまった。
「葉山、大丈夫か」
「あぁ」
「難しい顔してるから、具合悪くなったのかと思ったよ。でも復帰出来て、本当に良かったな」
「菅野ありがとう。君にも迷惑かけてすまない」
「何言ってんだよ。同期のよしみだろ」
「……うん、だからだ。本当にありがとう」
ブライダル部門の同期は僕と菅野だけだ。新入社員でお互いここに配属されてからずっと下が入ってこないから、ずっと二人向かい合わせの末席だ。息が合う同期に恵まれて、本当にありがたい。お互い助け合ってやってきた。
「なぁ葉山、今日一緒にランチに行けるか」
「あぁいいよ」
「そうだ、いい事教えてやるよ」
「何?」
「午後、新入社員がここにやってくるって」
「へぇ……ついに配属されるのか」
「そういうことだ。とうとう俺たち末席から脱出できるな」
「くすっ、随分と嬉しそうだな」
「俺の下に来ないかな」
「まさか。もっと上の先輩付きだろう?」
「やっぱ、そうだよなぁ」
午前中は机の片づけと、近隣部署への挨拶周りでバタバタと終わってしまった。
ふぅ……緊張したな。でも、ここは本当にいい会社で、いいメンバーに恵まれているとしみじみと思った。何よりリーダーが僕の休職の理由を内密にし、一切漏らさないでいてくれた事が本当にありがたい。
働き出せば、体が覚えている。午後は久しぶりに生け込みを任された。
充電期間を経て、再び働き出せることの喜びで溢れていた。
****
午後部署に戻り、生け込みのデザインを考えた。
開店祝いのアレンジメントか。小さな町のケーキ屋さんらしい。
ブライダル部門とは言えども、平日はこのような小規模店舗からの依頼も多い。
どんな仕事でも、一つ一つが僕にとって大切だ。
扱っている可愛いケーキの写真資料からイメージを膨らませデッサンしていると、部署が騒めいた。
何だろうと顔をあげると、向いの菅野が目配せした。
「葉山、新入社員が来たぜ。午前中が入社式だったからな」
「なるほど、さっきの話だね」
リーダーの後をついて、フレッシュな新入社員が入って来た。ちょうどリーダーの陰になってよく見えないが。
「あー皆に紹介する。うちの部に配属された新入社員の金森 鉄平くんだ」
「はじめまして、金森鉄平で! この通り体力には自信があります! 今回はブライダル担当に配属されて嬉しいです。頑張りますので、よろしくお願いします!」
「葉山、ちょっといいか」
お辞儀をしている様子をチラッと眺めた。やっぱり新入社員は濃厚のスーツだなと気にも留めなかったのだが、いきなりリーダーに呼ばれて驚いてしまった。
「えっ……何でしょうか」
「金森くんは君の下で働かせるから、しっかり面倒みてやってくれ」
「え? 僕ですか」
「そうだよ。アシスタントだ。さぁ前に出て来てくれ」
「あっはい!」
慌てて立ち上がった。予期せぬ展開だ。先輩方を差し置いて僕のアシスタントに?
「葉山いいなぁ、ずるいぞ」
菅野が羨ましそうに、でも明るく笑っていたが、何だかいきなり目立つことになって、困ってしまった。
「いいか、金森。君の先輩になる葉山瑞樹くんだ。彼は三カ月休職していて今日から復帰したが、この歳でフラワーアーティストなんだ。しっかり学ぶように」
「はい、よろしくお願いします。ってあれ? えぇ!朝の人だー!」
何だ? 彼の顔をじっと見て……
僕もアッ!と思った。もしかして朝、僕を新入社員と間違えた奴じゃ。
「新入社員じゃなかったんだぁ~」
「おい、その口の利き方はなんだ?」
「すみません」
リーダーに怒られているのに、その隙に僕にウインクしてくるので唖然としてしまった。
****
「えっブライダルなのに、町のちっさな洋菓子屋の仕事ー? 」
「……君、一体……何を言って」
「それより、朝のあの人って先輩のなんですかー?」
「……」
以前の僕だったら、こういう押しが強い人間は苦手で、どう対応したらいいのか戸惑ってしまっただろう。
言いなりになってしまったかもしれない。でも僕はもう以前の僕ではないから、きちんと言いたいことは告げよう。
「でも葉山さんって本当に先輩なんっすか、だってその顔、どーみても同世代。もしくは年下? 可愛いって言われません? 同性からも! 」
彼の手が僕の髪に触れようとするのを察し、一歩自らすっと下がった。
簡単には触れさせない。もう……宗吾さん以外には。
「おっと? アハハ、何、警戒してるんすか」
はぁ……こういう相手には、どう対応したらいいのだろう。
「ちょっといいかな。最初に言っておくよ。僕は君の先輩だ。ただ先輩だからといって、それを笠に偉ぶるつもりはないが、僕がこの四年間積んだ経験は、君にはないものだ。君が僕と同じラインに立てるまで、きちんと自分の立ち位置を考えて欲しい」
真顔で淡々と告げると、意外そうな顔をされた。
「えっと、随分と真面目なんだな」
「ここは会社で社会だから当然だよ。その言葉遣いも気を付けてくれ。さぁ仕事するよ」
「あっはい」
少し不服そうだったが一応従ってくれた。ところがまただ。
「でも、どうして大手の会社なのに町の小さなケーキ屋の仕事まで引き受けるんですか。ここ、何かコネとかあるのかな」
「あのね、僕は仕事に優劣をつける気はないよ。どんな仕事でも心を込めてベストを尽くすこと。分かった?」
「あっはい……」
いちいち教えていかないといけないが、素直に聞く耳は持っていそうなので、すべて指導する僕次第ということなのか。
初日に自分の仕事以外に、上に立つことの試練を味わうことになったが、どんなことでも頑張ろう!
もう……下手な隙は与えないし、つけこまれない。その上で部下とうまくやっていきたい。
その後、生け込みをデモンストレーションしている間も、似たようなやりとりが続いた。
根気よく繰り返していくと、徐々に彼の方の気も引き締まってきたようだ。
「葉山先輩、あの、朝からいろいろと不躾な態度……すみませんでした。なんだか俺、先輩のストイックな所を見ていたら気が引き締まりました! 明日から出直す気分で頑張ります!どこまでも葉山先輩について行きます!」
「そうか」
「じゃあ先輩、お近づきの印に、これから一杯飲みにいきませんか」
「いやそれはまだいい。もう少し改善されたらな」
「がんばりまっす!」
打って変わってえらく素直だ……まぁ慕われているのかな。
「じゃあお疲れ様。今日はもう帰っていいよ。僕はこのアレンジメントをお店に配送してから帰るから」
「付き合います」
「んー今日はいいよ。僕もそのまま直帰するし、また次回な」
「はい!じゃあ先輩、次は絶対ですよ」
彼が退社するのを見届けて、ホッとした。
今日は一刻も早く帰り、宗吾さんに会いたい。
「宗吾さん、僕……頑張りました!」
早く、彼にそう告げたい。
告げて、その後はご褒美が欲しい──
少しだけでいいから。
あとがき(不要な方はスルーしてください)
こんばんは~志生帆海です。
今日は宗吾さんは出てきません。なので最後に瑞樹の口から求めさせてしまいました♡
瑞樹が社会復帰してバリバリ働きだす様子を描いてみたかったのです。
瑞樹みたいな先輩がいたら、金森くんみたいになってしまいそうですよね。
でもそこはビシッと。
こういう面でも瑞樹の成長を伺えるような気がしました。
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