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幸せを呼ぶ 26
夜中にふと目覚めると、ソファで転寝をしているようだった。
やばい、風邪ひくぞ。でもなんだか随分と暖かいな、ここ。
どうやら誰かと俺が寄り添い合っているから、暖が取れているようだ。
毛布はふわふわと柔らかく暖かいし、人肌も温かい。
「んー温泉気分だ。極楽極楽~」
思わず隣の人にスリスリしそうになって、違和感を感じギョッとした。
「って男!!じゃねーかよ!」
慌てて覗き込むと、新入社員の金森が、呑気にイビキを立てて、ぐうぐうと眠っていた。
「はぁ……そういえばコイツにかけられて散々だったな」
ポリポリと頭を掻きながら、昨夜のことを反芻してみた。
「おいっ」
「……」
「しょうがねーな」
起きる気配が全くないので、ため息を一つ吐いた後、毛布をすっぽりかけてやった。
やれやれとんだ後輩が出来ちまったな。珍道中過ぎる! 上品な葉山とは真逆な人種だな。
「えーっと確か葉山が俺のことを見かねて自宅に呼んでくれて、シャワーも貸してくれて……」
目が慣れてきたので、ぐるりと辺りを見渡してみた。
へぇ、ここが葉山の家なのか。
葉山瑞樹……
新入社員で同じ部署に配属されてから、もう4年目になるな。
なぁお前と社内で毎日顔を合わせるのは、俺の楽しみの一つでもあるんだぞ。
復帰してくれて本当にありがとう!
思い返せば……葉山は自分のことを多くは語らない男だった。休日に会うこともなければ、歓送迎会以外で飲みに行くことも殆どなかった。
仕事が終わればいつもそそくさと帰ってしまうから、彼女とお盛んなことでと思っていた。実際に見目麗しく優しい葉山は、女子社員にモテモテだしな。
なのに年末年始やお盆休みはどうしていた? と聞くと、「ずっと部屋でひとりで過ごしていた」なんて寂しいこと言うから首を傾げもんだ。
同期の俺に対しても、気さくで優しかったが、どこか掴みどころがなかった。
突然の怪我で休職したのには驚いた。何かに巻き込まれたのではと心配もしたぞ。そして初めて函館出身だってことをリーダーから教えてもらった。お見舞いに行っても、東京にはいないぞって。そんなことすら知らなかったんだと、恥ずかしくなった。
でも三カ月の休職を経て復帰したお前は、以前と少し違っていた。変わっていた。
人間味が出たというか……なんというか明るくなっていた。
でも自宅に呼ぶなんて……どういう風に吹きまわしだ? ここはお前が絶対に明かさなかった場所だろう? ……いいのか。
センスのいい葉山らしい部屋のインテリア。
カウンターの下のマグカップは色のグラデーションか。あっあのガーデニングの洋書は俺も持っているぞ。
普段見せない部分を垣間見て、すっかり楽しくなってしまった。真夜中だというのに目も冴えてくる。
もっともっと知りたいよ。お前のこと──
そのまま音を立てないように、玄関横の部屋をそっと開いてみた。
何故だかそこだけ閉じて重い雰囲気だったので、気になったのだ。もしかして葉山の寝室とか? ちょっとした好奇心でドアを開けると、そこには家具一つない空き部屋で、フローリングの床が冷たく感じた。
誰かが住んでいたのかな。部屋の端に段ボール箱がいくつか積んであった。
引っ越して来るのか。それとも引っ越して行くのか。それは本人しか知らないこと。
にしても葉山はどこだ?
何だか乾燥のせいか冷たい物を飲みたいし、急に小腹が減ったんだけどな。流石に冷蔵庫やキッチンを勝手に開けるのはまずいだろう……おーい、どこで寝ているんだ?
そういえば、さっき俺が転寝していた居間に続くドアがあったな、あそこか。
そっと部屋を突き抜け、そのドアノブを何の気なしに回した。
ガチャ──ガチャガチャ……
あれ? なんで鍵なんてかけて……
葉山の部屋だとしても男同士なのに鍵をかけて眠るなんて、随分と警戒心が強いんだな。
その次の瞬間、ドスンっとベッドから人が落ちたような物音がした。
「おいっ葉山! 大丈夫か」
「……なっ何……えっ起きたの? いつから」
「おー、ちょっといいか。ここ開けてくれよ」
「わっわかった!」
慌てた足音がバタバタと聞こえ、鍵が解除される音と共に、葉山がスッと現れた。
その顔を見て、ドキっとしてしまった。
コイツ……なんだ? すげー色っぽい。
こんな表情する奴だったか。唇もいつもより赤くて濡れたように光っていて……寝起きのせいか乱れた髪も艶めいて。
おっと何考えてんだ? 俺……
「どうした? まさか気持ち悪いのか」
「いや、腹減ってさぁ、なんか作ってくれない? 」
「えっ」
葉山が戸惑う。なんか変な間があるなと思ったら、ベッドの向こうからのそりと大柄な人が現れた。
えっと……誰だっけ?
「瑞樹の友人だが……何か」
俺が問うより先に教えてもらいコクコクと頷いた。
「俺が作ってやるから、瑞樹はこっちで寝てろ」
「でも……」
「いいから」
というわけで、なんか猛烈に気まずいんですけどぉ……
何故か瑞樹の友人というオッサン(っていったら失礼か)に、雑炊を真夜中に作ってもらうことになった。
「ありがとうございます。いただきます!」
ソファのテーブルに正座してそれを食べていると、じっと睨むようにさっきからは見つめられるのはなぜだ?
この視線に思い当たるのは……
あっ! もしかして俺って『お邪魔虫』!!って奴かー
「別に邪魔じゃないよ。ふっ」
おっ大人の笑みだなぁ。葉山の奴いつの間にかこんなダンディな友人を作ったんだか。まったく読めない奴だよ。
「君はなかなか大物だね。瑞樹のこと会社で頼むよ」
「あっはい! 任せてください」
何を頼まれ、何を任せてもらうのか分からいが、葉山のことは大好きだ。純粋に同期として! だからお前が何かを隠そうとしているのなら騙されてやるし、聞かれたくないことは無理強いしない。
「君はいいとして、この彼は……まだ信用がおけないな」
「あっ、ソレは始発で俺が連れて帰りますので」
「ふっやっぱり物分かりいいな。頼んだぞ」
葉山はベッドに腰かけて体育座りをしたまま、オロオロと様子を見守っている。
そんなに心配すんなって、大丈夫だってーいうの。
おどけてウインクしたら、頭をペシっと冗談めいて叩かれた。
「瑞樹に色目つかうなよ」
「そ、宗吾さん……もう」
困った葉山の声。
へぇ宗吾さんか……さっきまで滝沢さんって言ってたのに。
ふたりはもしかして恋人? 葉山の恋人は彼なのか。
そう考えると合点がいくけど、いいのかな。
まぁ深く考えるのはよそうか。
葉山がまた前のように笑って毎日会社に来てくれるのが、俺の中では一番さ!
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