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幸せを呼ぶ 27

「パパーおにーちゃん! ここだよ~ おーい!」  日曜日の昼下がり。  公園の滑り台の上から芽生くんが明るく手を振っているのを、僕と宗吾さんは並んで眺めていた。 「芽生くん、とても楽しそうですね」 「あぁ、この公園にずっと瑞樹と来たがっていたからな」 「僕もやっとです。やっとこんな風に……日曜日をのんびりとした気持ちで過ごせます」  あれから月日は順調に流れ、いよいよ次の週末には宗吾さんの元に引っ越しをする。  週末は宗吾さんの家に泊まり込んで部屋の準備を整え、平日はバス停で待ち合わせした。  それが僕の毎日、スタンダードな日々だった。 「そうだ。瑞樹、あれからあの後輩、変なこと言って来ないか。あの日のことバレてないか」 「クスッ……大丈夫ですよ。あの日、正気に戻った時は始発電車に乗っていたって言っていたし、宗吾さんのことは酔っていで殆ど記憶にないみたいです」 「ならいいが。他に会社で変わったことはないか。あの同期……菅野くんだっけ? 彼も何も言って来ないか」 「はい、大丈夫です。もしかしたら……カンが良いアイツにはバレてしまったかもしれませんが、言いふらすような奴じゃないので」 「そうか、ならいいが。いい同期を持ったな」 「……そもそも宗吾さんが、ついてきたんですよ」 「おいおい、それは瑞樹が野獣をふたりも家に泊めるって言うからだぞ」  それは純粋に僕の代わりに災難を被った菅野が可哀そうだったのと、吐く程飲まされた新入社員の体調を思いやってのことだったのに…… 「でも……」 「なんだ? 」 「僕はあの時、真剣に……大変だったんです」 「どこが? 」    とぼけて言うんだから、もうっ宗吾さんは!  本当に本当に危なかった。  菅野が雑炊を食べている間も、ずっと体育座りでベッドに丸まって、股間の熱を収めるのに必死だった。それというのも宗吾さんがあんな状態で、鍵をかけただけの部屋で僕にあんなに長いキスをしたからだ。  少しだけ恨みがましく、じどっと宗吾さんのことを眺めると、宗吾さんは悪びれることもなく、明るく笑った。 「ははっ、あの日の瑞樹は最高に美味しかった」 「もう……またそんないい方。いいですか。ここは健全な公園で、今は真昼間なんですよ」 「分かっているよ。でも君がそれだけ魅力的だったからだ。仕方がないだろう? それとも魅力がないって言われる方がいいか」 「……う……反省していませんね」 「瑞樹だって、あの日は自分から激しく求めていたから同罪だ」 「もう……宗吾さんの『変なモード』がうつったんですよ」 「くくくっ言ったな」 「くすっ」  笑い声が、のどかな公園に吸い込まれていく。 「あぁ風が心地いいですね」  五月が近い……風が香るようになった。 「ようやく瑞樹の季節、到来だな」 「大好きな季節です」 「葉が瑞々しいな」 「はい、僕は桜が散った後にやって来る新緑の季節が好きです」 「うん、俺もだ。花を咲かすだけじゃないな。人は……水をやりあって……潤って生きていく。それが人生だ」 「僕もそう思います」  宗吾さんが見上げる大木は、僕が大沼の大地で父の肩車にしてもらい見上げたものと似ていた。 「あの……写真を撮っても? 」 「もちろんだ」  休日になると、母の形見の一眼レフを僕は持ち歩いていた。  もうこのカメラを使えない母の代わりに、僕が撮る。  母が見たかった光景と少し違うかもしれないが、僕の幸せをここに収めていこう! 「芽生くん、こっち向いて」 「おにーちゃんっ」  屈託のない笑顔が、キラキラと太陽から生まれた光のように舞ってくる。  あどけない小さな手を、精一杯青空に伸ばしている姿。  全部全部、収めるよ。 「パパぁー」  滑り台を下りた芽生くんが、全速力で僕たちに向かって走ってくる姿も。 「抱っこー」  そのまま空に向かって大きく抱きあげられる姿も、全部僕の幸せ。 「わぁ高い高い! クルクルして~」 「おーしっ、しっかり掴まっていろよ」 「わーい!」  タンポポの綿毛みたいだ。芽生くんって……ふわりふわりと幸せを撒いてくれる。  僕の頭上に届くあどけない笑い声。  シャッターを切る指先も軽いよ。  カシャ──カシャ── 『そうよ。いい調子、そのまま上昇気流にのって』  え……お母さん?   見上げた空から声が届いたような。 『あなたは今……幸せね』 『はい……幸せで満ちています』  胸がいっぱいで、そう答えるのが精一杯だった。  死んでしまったら……もう会えない。  そう思って忘れようと記憶から追いやってごめんなさい。あなたはいつもこんな近くにいて僕をずっと見守ってくれていたのに、気づかなくてごめんなさい。 『あやまることないの瑞樹。あなたは私たちの宝物。目に見えないものこそ幸せな宝物なのよ。今のその気持ち大切にして……』 『はい、そうします』  天国との対話をしていると、小さな手が僕をグイグイと引っ張った。 「おにーちゃん、お話、終わった?」 「あっうん」 「ならあっちにこう。向こうにはシロツメグサがいっぱい咲いているよ! 」 「そうなの? 」 「うん、『しあわせ』が呼んでいるみたいなんだ」  幸せが呼んでいるか……  僕に幸せを呼んでくれるのは、宗吾さんと芽生くんの存在だよ。  幸せな存在は、あなたたちだ。 『幸せを呼ぶ』 了 あとがき(不要な方はスルーでご対応ください) **** 志生帆海です。こんにちは。 いつも読んでくださって、沢山のリアクションもありがとうございます。 今日で『幸せを呼ぶ』の段も終わりました。27話!ほぼ1カ月走り切りました。瑞樹が日常を取り戻していく様子、会社での様子をじっくり描いてみました。私は、攻に溺愛される受が大好きですが、受の男らしさを描くのも好きです。攻めと二人の時は沢山甘えて、外ではちゃんと男らしく仕事もこなして…… さて物語は、とうとう散々お預けしまくっていた宗吾さんと瑞樹のゴールインに入ります。その部分も感情面を中心にじっくり描いていきたいと思っていますので、どうぞお付き合いください。今度は寸止めはありませんのでご安心を。

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