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恋の行方 4
瑞樹と芽生を連れて、近所の原っぱにやってきた。
今日は引っ越し作業の合間なので、そう遠出は出来ないからな。
「パパ、もうお腹空いたぁー」
「よし、ここにレジャーシートを敷こう。瑞樹も手伝ってくれ」
「はい!」
瑞樹と一緒に青い芝生の上に青いギンガム模様のシートを敷いて座った。それからバケットを取り出し、切込みにハムとチーズとレタスを挟んでやる。
その場で作るのも、いいもんだろう?
「ほらっ、よく噛んで食べるんだぞ」
「わぁ~美味しそう!」
「今、瑞樹の分も作ってやるからな」
「ありがとうございます。宗吾さんいつの間にこんなに準備したんですか。本当に料理の手際が良いですね」
「まぁな、同居生活では食事の心配はしないでいいぞ」
「みたいですね。あっじゃあ僕は掃除洗濯係でいいですか」
「頼むよ」
「はい。何だかお互いの苦手分野を補い合えていいですね」
「だなっ」
ふと……人はもしかしたら何もかも完璧じゃない方が、人生においていいのかもと思った。
その方が助けてもらえるし、相手に感謝できるもんな。
それに新しい何かを、協力して作り出せるしな!
三人でバケットサンドを頬張れば、どんなレストランの食事よりも美味しく感じた。空気もいい日差しもいい。そして俺の両隣には瑞樹と芽生がいる。それだけでもう最高だ。
幸せって案外身近にあるもんだな。今の俺にはそれがしっかり見えている。
離婚したばかりの頃、日曜日の昼下がりは、時間を持て余し、公園に芽生を連れて来た。それまでろくに家庭サービスをしていなかった俺には、小さな子供とどう接したらいいのか分からず、何だか気恥ずかしくて、芝生でゴロゴロするだけで、ちっとも遊んでやれなかった。適当につきあってやるだけで……本当に駄目な父親だった
今考えるともったいない時間を過ごしたな。あの日の小さな芽生はもういないんだぞ。二度と戻れないんだぞ。もっと1日1日を大切に、今傍にいてくれる人を大事にしろよ!
あの頃に戻れたら、そう自分にガツンと言ってやりたいよ。
「宗吾さん、僕は……こういう日常に憧れていました」
「そうか。そうだ瑞樹はキャンプ好きか」
「好きです! 大沼では毎日がキャンプみたいなものでしたよ。僕の両親はアウトドアが好きでしたから」
「そうか! 実は俺もアウトドアが好きなんだ。そのうち皆でキャンプにも行きたいな」
「いいですね。あ……夏の軽井沢とか?」
「俺も今それを言おうと思ったよ」
「行きましょう!ぜひ」
あの惨劇の舞台となった軽井沢に、瑞樹の方から行こうと言えるようになったのか。
本当に彼は乗り越え、克服したんだと改めて実感した。
「さてと食べ終わったし、ちょっと遊ぶか」
「わーい、パパかけっこしよう」
「え? 食べてすぐだから無理だよ」
「くすっいいよ。僕と走ろう! こう見えても結構早いんだよ」
「えーそうなの」
「うん!」
瑞樹が芽生とかけっこを始めた。
へぇ綺麗な走りだな。瑞樹の走りは軽やかだった。
涼風が吹きぬけていくように──
つい見惚れて、俺はその場から動けなくなってしまった。
「次はジャングルジムね~パパぁ」
「えー」
「くすっ、芽生くん、僕と行こう!」
いかんいかん。瑞樹に見惚れている場合じゃないのに──
瑞樹ってもっとインドアな印象だったが、案外違うんだな。
なんだか嬉しい誤算だ、これって。
おっすばしっこい芽生に負けてないぞ。ぐんぐん瑞樹の躰がジャングルジムを器用に上っていく。ヒップがキュッと引き締まって、本当にスタイルいいんだよな。気立てがよく、顔も可愛くって、スタイルもいい。そして芽生とも大の仲良しだ。
本当に俺の理想の恋人だ、瑞樹は。
しみじみと噛みしめていると、芽生にふいに話しかけられた。
「パパー水筒は? お水飲みたいよ~」
「おお、随分汗かいてるな。そんなにはしゃいだら、疲れるだろう? 」
「うん、でもたのしくって。お兄ちゃん、どんな友達よりも早くジャングルジム上れるし、足もはやいし、すごいよー」
「あぁ見ていたよ」
遅れて瑞樹も戻って来た。
頬を薔薇色に染めて、少し息を切らしていた。額に浮かぶ汗がキラキラと眩しくて堪らないな。
「宗吾さん、僕にも何か飲み物ありますか」
「あぁアイスティーでいいか」
「すごい。そんなものまで準備を?」
「まぁな」
プラスチックのグラスに注いでやると瑞樹はすぐにゴクゴクと飲み干した。小さい喉仏が上下するのをじっと見つめた。
うん、男なんだよな。当たり前だが、ちゃんと。
「ふぅー汗かいてしまいましたよ。芽生くんって機敏ですね」
「瑞樹こそ、俊敏で驚いたよ」
「そうですか。僕はやっぱり田舎育ちだからでしょうか、小さい頃の遊びは野原を走りまわることばかりだったせいか、体を動かすことが実は好きなんです」
「いい事だよ。芽生も喜んでいるし。ただし」
「ただし?」
瑞樹がキョトンとした表情で俺を見つめる。だから耳元で甘く囁いてやった。
「今日は疲れすぎて先に寝ないでくれよ。ちゃんと夜に備えて、体力を残しておいて欲しい」
「あっ……」
暫しの沈黙の後、コクンっと耳を赤くして頷いてくれた。
「あの……それは、ちゃんと分かっています」
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