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恋の行方 3
「待っていたよ、さぁ入れ」
「はい」
「おにーちゃん、こっちこっち!」
芽生が嬉しそうに瑞樹の腕を引っ張っていく。
「ここがおにいちゃんの部屋ですよ~」
「あっもうベッドが設置されている……それにカーテンの色が変わりましたね」
「気づいてくれたか」
「……若草色に」
「そうだ。あの……大沼の君がいた部屋と同じ色にしたよ」
元々この部屋にもダークブラウンの無機質なカーテンがついていた。まぁ新居のインテリアは玲子に丸投げだったからしょうがないのだが、瑞樹には似合わない色だと思った。
だから寝室と一緒に取り替えてしまった。瑞樹が置いてきた大沼の子供部屋と同じ色を選んだのは、この部屋が瑞樹のものだと伝えたいのと、彼の心をいつも落ち着かせてやりたいという二つの願いからだ。
「宗吾さん、僕……すごく嬉しいです」
瑞樹は澄んだ瞳を潤ませて、俺のことを嬉しそうに見つめ、ニコっと笑いかけてくれた。
君のその笑顔を見られるだけで、俺は満足だ。本当に心から幸せな気持ちになるよ。
「僕はこの色が大好きです。昔、母が……僕に似合うと言ってくれた色だから」
「そうだな。確かに君によく似合っているよ」
隣にいた芽生が待ちかねた様子で、瑞樹の手を更に引っ張った。
「おにーちゃん、ここも見て!」
実は今回、新たに窓際に机を設置した。
これは瑞樹の机だ。瑞樹の家には二人用のダイニングテーブルしかなかったので(あれはもう廃棄すると聞いていたので)、俺がどうしても君の机を用意してやりたくて、先日芽生と一緒に家具屋で探してきてしまった。
「俺と芽生の独断で選んだが……」
瑞樹にゆかりのある北海道で作られたシンプルな無垢材のテーブル。この家に、ちゃんと瑞樹のスペースを作ってやりたかった。
ここで花のデザインを考えたり、趣味のカメラの作業をしたり、時に手紙を書いたり……いろんな使い方をして欲しい。君だけの作業スペースだよ。
「これって……まさか僕の机ですか」
「そうだよ。おにーちゃんのだよ。芽生も来年小学校に上がる時に買ってもらうよ」
「どうだ? 気に入ってもらえそうか」
「僕だけの机……憧れていました。その……函館の家では置くスペースがなくて共用だったので」
瑞樹が何とも言えない、はにかんだ笑みを浮かべ、そっと机の天板に指先で触れた。どうやら木肌の感触を確かめているようだ。
「とても……いい木材ですね。しっとりと手に馴染みます。とてもしっくりききます。心に溶け込む感じがします」
素材は美しい木目が魅力の「タモ」。薄い色の木肌は、想像通り瑞樹の白い肌によく似合っていた。
「俺からの引っ越し祝いだよ」
「そんな、僕は何も用意できていないのに」
「馬鹿だな。生身の瑞樹が来てくれたのだから、他には何もいらないよ」
「なっ生身って、あっあの、そっ宗吾さん、まだ引っ越しやさんが」
彼の腰に色っぽく手を回そうとして、困った顔をされてしまった。瑞樹は俺から少し離れて、部屋をぐるりと見渡した。
「こんなに歓迎してもらえて、驚きました。ありがとうございます」
「おにーちゃん、やっぱりこの子もこの部屋に住んでもいい?」
「ん?」
芽生が自分の部屋から持ってきたのは、瑞樹が大沼の子供部屋から持ち帰って来た犬のぬいぐるみだ。東京に戻って来た瑞樹が芽生にあげたものだが。
少し色褪せてくったりしたぬいぐるみを、芽生が瑞樹のベッドに優しく寝かした。
「あっそれ夏樹の……」
「よかったね~このワンちゃん、ここに住みたいって」
「そうなんだね……もちろんだよ!」
「そうだ、忘れていたよ。これも飾ろう」
瑞樹の机に、白いフレームの写真盾をコトっと置いてやった。
「あっ……」
「あの時の家族写真だ。ちゃんと飾っておけよ」
「はい! お母さん、広樹兄さん、潤……そして宗吾さん、みんな僕の大切な家族です」
『家族』という言葉を瑞樹の口から聞くと、俺の方も感極まってしまうな。
そうだ、君と家族になろう。
今はまだ同居という形だが、いずれもっと深い形で……だって俺はもう君以外と過ごせない。もう……君しかいないのだから。
「これですべての荷物を運びこみました、印鑑よろしいですか」
「あっはい」
想像よりも少ない段ボール箱だったな。
「こんなもんで良かったのか」
「はい。持ってきたいものは、お言葉に甘えて全部持ってきました」
「そうか。じゃあ少し荷解きするか」
「えぇ早速! 」
早く荷解きしたかった。一刻も早くこの家に、あたかも瑞樹がずっと暮らしていたかのような状態にしてやりたかった。
何でだろうな。さっきから俺、ずっとふわふわと浮ついた心地だ。
まるでクリスマスの朝だ。プレゼントを開けても興奮している状態。そうだ、なんだか妙興奮がとまらない。
あ……もしかして俺。夜のことをもう考えて──
なぁ瑞樹も、そのつもりだよな。最後に深く触れた時、君の方も俺を求めて……俺を欲しいと願ってくれたのを、ひしひしと感じたよ。
とうとうだな。とうとう今夜、俺は君を抱く。
といっても、芽生のこともあるし……
よしっ!これはそろそろ夜の作戦を練るか。
やっぱり芽生をぐっすり早く寝かせるにはアレしかない!
俺は段ボールの開封作業から離脱して、キッチンに立った。
バケットにハムやチーズを挟んで、サラダを作って……簡易だがピクニックランチの出来上がりだ。
「よし、瑞樹。そろそろ昼だ。今日は公園で食べよう!」
「え? 公園ですか」
「そうだよ。そろそろ芽生も飽きただろうし今日は休みだ。天気もいいから外に行こう」
「わーパパいいの? 」
「もちろんだ。今日は一杯遊んでいいぞ、クタクタになるほどな」
「うん!」
夜ぐっすり眠ってもらうためには、日中思いっきり身体を動かすことだろう?
「なっ瑞樹」
「あっはい……」
熱い視線で瑞樹を見つめると、彼も俺の意を汲んでくれたようで頬を染めていた。
本当に可愛い反応だ。
その頬をもっともっと染めてやるからな。
今宵は── 今宵はもう途中では止まらない。
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