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恋の行方 2
「パパ、もう~早くおきておきて! おねぼうですよっ」
ボフッと被っている布団の上に、可愛い重みが飛び込んできた。
「ん~もう朝か」
「パパ! 今日は何の日かしっている?」
「もちろん! 瑞樹が引っ越してくる日だろう」
「あたりー!」
芽生も満面の甘い笑みを浮かべている。
とうとうだ、ついに待ちに待ったこの日がやってきた。こんなにも待ち遠しい感覚は、久しぶりだ。俺が芽生位の頃にクリスマスが待ち遠しくて、ワクワクしていた気持ちと似ているな。
そうだ……瑞樹は俺にとって『贈り物』だ。
彼と知り合って、ちょうど今日で1年か……目を閉じて1年前の瑞樹を探してみる。
『パパー大変なの、来てー』
芽衣の幼い声が聞こえてくる。
瑞樹はシロツメグサの原っぱで俯せになって大泣きしていた。礼服が汚れるのも構わず肩を小刻みに震わせて……本当に胸を打つ切ない光景だった。
そんな彼を慰めてあげたくて近づいて、顔を見て驚いた。だって君はいつも幼稚園のバス停前を通過していく二人組の内の一人だったから。
彼の明るく清らかな笑顔が眩しくて……俺がとうの昔に置いてきた世界を彷彿させるから……ずっと気になっていた。相手が付き合っている彼氏だと気づいた時は凹んだよ。
本当に遠い存在だったんだ。
清らかな水を、俺みたいな生き方をしてきた人間が汚してはいけない、触れてはいけない、見守るだけの世界の住人だと思った。最初は傷ついている瑞樹の隙を突くように奪いとるのではなく、そっと励まして引こうと思ったんだ。
でもそれは俺らしくない。奪い取りたくないのなら、相手に染まればいい。
清らかな水を俺も飲んで、俺の生き方を君色に染めあげていこう。
瑞樹と話せば話すほど、しっくりきた。笑いあえば合うほど楽しい気持ちになった。彼が泣けば守ってやりたくなり、彼が頑張れば心から応援してあげたくなった。
いつの間に俺は……こんなにも自分以外の相手を大切に思えるようになったのか。
すべて瑞樹から教わった。
「パパ、とってもしあわせそうな顔してるねー」
芽生が俺のベッドに潜り込んで、ぎゅっと抱きついてきてくれた。子犬みたいで可愛いな。
「芽生もうれしいか」
「うん! お兄ちゃんがこのおうちにきてくれるなんて夢みたいだもん。ねぇパパ、おにいちゃんって、なんだかずっとずっといっしょにいたくなる人だよね! 」
芽生の幼い一言は、実に核心をついている。
そうだ。ずっと一緒にいたい人なんだ、瑞樹だ――
「それにしてもパパのベッド、すごく広くなったね~」
「まぁな!」
****
ピンポーン――
「来た! おにいちゃんだ」
「いよいよか」
ところが玄関を開けると、引っ越し業者の制服を着た若い男が立っていた。
「えーっと、滝沢さんのお宅ですよね? 」
「えぇ」
「葉山さんの引っ越しの荷物を届けにきました。中に運び込んでも、よろしいでしょうか」
「どうぞお願いします。あの、依頼主の彼はどこに?」
「あぁ、お客様はトラックに同乗されますかとお誘いしたのですが、徒歩で向かうとのことでしたよ」
「なるほど! わかりました」
まったく瑞樹らしいなと思う。
きっとここまでの道すがら、一歩歩くたびに、一つ、想い出を置いてくるつもりだろう。
瑞樹はそうしたいのならそうするといい。思い出を抱えたままの瑞樹でも愛する覚悟はとうに出来ているが……
瑞樹が愛した前の彼との甘い想い出……置いてくるのなら、置いてこい。
「パパ。お兄ちゃんはまだ? 」
「もうすぐ来るよ」
「あー早くこないかなぁ」
「パパもだよ。『待ち遠しい』というんだよ。こういう気持ちを」
すぐに瑞樹のために用意した6畳の部屋に、次々と荷物が運ばれてきた。
この家はファミリータイプの3LDKの間取りなので、芽衣の子供部屋と向かいに空き部屋があった。そこが瑞樹の部屋だ。同居するにしても彼にもプライベートルームが必要だろう。
彼が使っていたベッドが、あっという間に組み立てられていく。
『新しいベッドを買います』と瑞樹は遠慮したが、俺が構わないと告げた。その代わり俺のベッドを買い変えてしまったことは、彼にはまだ内緒だ。
今度のベッドは、なんとキングサイズなんだよな(俺は張り切りすぎか、見え見え過ぎないか、瑞樹にドン引きされないか心配だ)
東向きの窓にかかるカーテンも、思い切って取り換えた。
瑞樹の色に、してやりたくて。
彼なりの勇気を持って、同居してくれる。
だから俺も、俺なりの配慮をしたかった。
元妻の選んだ無機質なブラウンのカーテンは申し訳ないが取り外した。そういえばあいつはいつもこういうシンプルなものを好んだな。俺にもモノトーンばかり着せたがって、だから世間からオジサン呼ばわりされたのでは? ただでさえ老け顔なのに!
カーテンの色はモーブ 色をチョイスした。薄く灰色がかった紫色だ。「薄い青」とされる野草の多くは、実際にはモーブ色といわれているので、自然界にも馴染む色合いで、きっと気に入ってくれるだろう。
インテリアショップで迷って、最初はグリーン系にしようかと思ったが、俺の心を表しているこのモーブ色に目が留まったのだ。
これは正確には『ラベンダーモーブ』という名称の色だそうだが、
俺にとっては……『瑞樹に恋する』色だ。
カーテンに合わせて……俺の今日のシャツはラベンダー色だ。
もう一度インターホンが鳴る。
今度こそ! ついに彼がやってきた。
玄関を開けると瑞樹が背筋を伸ばして立っていた。
紺色のパンツに……白いシャツの上に、明るい色でざっくりと編まれたコットンのベストを着ていた。クリームイエロー色で、ヒヨコみたいで似合っている。彼の明るい髪色が日を受けて艶やかに輝いていた。
「いらっしゃい、瑞樹」
「おにーちゃん、待っていたよ」
少し緊張した面持ちの瑞樹。
一呼吸置いてから、ぺこりと頭を下げた。
「宗吾さん、芽衣くん。今日から、よろしくお願いします!」
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