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恋の行方 6

「ちょっと待て! 芽生起きろー! 寝てはダメだ!」 「んっ、パパ~でもメイねむいよぉ。なんかいっぱいあそんだから、くたびれちゃったぁ」 「駄目だ! 駄目だ! 目を覚ませ! 俺と瑞樹の苦労が無駄になるだろう」  三人でいいムードだったのに、宗吾さんが芽生くんの肩を揺すりながら必死に起こし出した。  本当にもう……僕の宗吾さんは、少し……かなり……変かも? 「クスッ」 「あっ瑞樹、笑うなよ。これは死活問題だ。さもないと君だって、今夜いい所で悶え苦しむことになるぞ! 」 「ちょっ……宗吾さんっ、声大きいです!」  慌てて宗吾さんの口を手で塞いだ。その拍子に芽生くんも大笑いした。 「アハハッ、もーパパってば、変なお顔ばかりしていたら、おにーちゃんにきらわれちゃうよ! よーし、もう起きるよ~ねぇ肩車して」  芽生くんの甘えた声に、僕と宗吾さんは顔を見合わせて笑ってしまった。  僕も宗吾さんも、どうやら夜を意識しすぎのようだ! 「おしっ肩車だな、いいぞ!」 「あっじゃあ……僕が荷物を持ちますね」 「さぁそろそろ帰ろう。今日中に段ボールを片づけてしまうぞ」 「はい! 頑張ります!」  そのまま公園を抜けて、宗吾さんのマンションへ戻る。  少し傾いた日差しが、僕たちを優しく促してくれる。  道すがら……まだどこか不思議な気持ちだった。  今日から僕は宗吾さんの家に帰るのか。こんな風にまた誰かと暮らすなんて、暮らすことが出来るなんて……夢みたいだ。  あいつに置いていかれて、今日で1年経った。  一馬……  結局、すれ違いばかりで一度も会えなかったけど、元気にやっているか。  僕は今日、この人に抱かれる──  一馬……  ちゃんと僕を愛してくれてありがとう。  道は逸れてしまったが、やっぱり僕はお前のこと、ちゃんと好きだったよ。誠実で優しくて真面目で、故郷の家族想いで……そこが好きだったからこそ、悔いはない。  九州は遠い。俺のこの気持ち、届くかな。 「……瑞樹、ちゃんとお別れ言えたか」 「え……どうして、分かって」 「だから『以心伝心』だろ」 「そんな」 「君が空に向かってお別れを言っているように見えたからさ」 「あっ……はい。アイツと話していました。僕は今日あなたに──」  その先は夜に──  夜になったら、僕は囁くだろう。  あなたに、思いの丈を伝えるだろう。 「いいよ。その先は夜……二人きりになったら聞かせてくれ」  宗吾さんの魅惑的な笑みに、心臓の鼓動が早くなる。参ったな……こういう時の宗吾さんは、本当にカッコいい。  自分で思っていた以上に、僕は今……宗吾さんに恋している。 「わっ……分かりました」 ****   大分 湯布院温泉。  まだ生まれて間もない息子に授乳を終えた妻が、リビングに疲れた顔で戻ってきた。 「カズくん何してるの? カレンダーと、にらめっこ?」 「あっ、いや」  妻が俺の横に立ち、壁のカレンダーを見つめる。 「あっそうか、今日は結婚記念日だったのね!もう赤ちゃんのことでバタバタで忘れていたわ」 「……そうだよ」 「んーどうしようか。喪中だから派手にお祝いは出来ないけど、私たちだけで少しお祝いしない? 何か食べたいものはある? 」 「そうだな。ステーキでも食べるか」 「わぁーいいわね~」  息子を生んでくれた妻に、ご馳走を振舞って精をつけてあげたい。純粋にそう思った。 「今日は俺が作るよ」 「え……カズくん作れるの? 」 「まぁな」 「知らなかった。あっそうか、東京で暮らした時に自炊していたのね」 「……それより君はゆっくりしていて、息子の世話で疲れているだろう」 「ありがとう。じゃあ少し一緒に休んでくるね」 「あぁ」  優しい妻と可愛い息子に囲まれ、父から引き継いだ旅館も順調で、とても恵まれた幸せな日々だ。  今日が結婚記念日ということは、瑞樹と別れてからちょうど1年経ったことになる。    実はさっきはそれを考えていた。  あれから1年か……  なぁ今の俺はどうだ?  君に幸せを作ってやれずに置いてきてしまった俺だけが、こんなに幸せでいいのかと、たまに罪悪感に駆られる。でもあの日、父の冥福を祈り、君から届いた花……あの花の優しさに甘えてもいいのか。  瑞樹の犠牲の上に得た……この幸せを感謝して今目の前にある幸せを大切にしたい。  今俺の傍にいてくれる妻と小さな息子に、心に誓う。 「肉だけじゃ栄養が足りないな。何か野菜スープでも作るか……」  玉葱を切っていたら……ふいに涙が流れた。  くそっ沁みるな。   「カズくん、大丈夫?」 「やっぱり、慣れないことすると駄目ね。玉葱はね~ちょっと冷やすかレンジでチンしてからだと出にくいのよ」 「マジ? 知らなかった」 「ふふふ、だまされたと思ってやってみて」 「あぁ」  不思議だ……少し泣いたら心のモヤモヤが少し晴れたような気がする。 「あのね……結婚記念日だから改まって言うとね、私、今とても幸せ。こんな風にあなたとキッチンに立って、自分たちを祝うお料理を作るなんて」 「……うん」 「ありがとうね」 「え?」 「その……幸せにしてくれて……ありがとう!」 「……それはこっちのセリフだ。俺はそんな風に言われるのは、心苦しいのに」 「ううん、カズくんの過去に何があっても……それはもう過去のこと。今のあなたは、ここにいてくれる。だからやっぱり、ありがとうと言いたいの」  過去に何があっても……    その言葉が救いとなる。  こんな俺でも、いいと言ってくれる君が、心から好きだよ。  瑞樹は、もうあのマンションにいないだろうし、もう探さない。  そんな君へ贈る言葉……  どうか幸せに。  ただそれだけを願っている。    あの日から今日まで、そして明日も明後日もずっと……  もうあまり思い出さなくなるが、それでも心の奥底で……俺がかつて心から愛した瑞樹へ贈りたい。 「カズくん……幸せになろう。私たち」 「あぁ一緒に! この1年間ありがとう。これからもずっとよろしくな」 「あはっキッチンで告白か~」 「俺達らしいな」 「そうね!」 ****  恋の行方って……流れ星のようだ。  消えてしまうものもあれば、叶うものもある。  ただその瞬間に願う心は、いつも同じだ。  どうか幸せになれますように──  宗吾さんの家で風呂上がりにベランダから星空を仰ぎ見て、そんなことを考えた。 「瑞樹……」  すると宗吾さんに優しく……呼ばれた。    時は満ち……僕と宗吾さんだけの時がやってくる。          

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