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恋心……溢れて 3

「おにちゃん、じゃあベッドを気に入ってくれたんだね」 「うん、とても」 「よかった。やっぱりパパの言った通りだった~」 「んっ? パパが何を? 」  嫌な予感しかしないな。ちゃんと確かめないと。 「あのね。お兄ちゃんの寝相が悪くても、このベッドはすごーく広いから落っこちないって。お店でふたりで暴れてもOKなのが欲しいって言ってたから」 「あっ二人でって、まさか……その話、誰かとしたの?」  昨日、僕と宗吾さんは確かに暴れた……ような。 「パパが家具屋さんでベッドを買う時に、お店の人とそんなお話してたから」 「おっお店の人!? そっ……そうなの? 」  宗吾さんっはもうっ── またもや、かなりの冷や汗ものだ。  それにまだシャワーを浴びていないので、芽生くんにあまり密着されると、いろいろ大丈夫かと心配になって、さりげなくモゾモゾと後退してしまう。  だって、僕……宗吾さんに一晩中……躰を隈なく愛撫された。  蒸しタオルで拭いたといっても、シャワーを浴びたわけでないから、その……匂いが気になってしまう。  とにかくこれ以上追及される前に、早くシャワー浴びよう!  そっとベッドから抜け出そうとすると、逆に芽生くんが僕の胸元にクンクンと鼻をあててきたので、驚いてしまった。 「なっ……何かな? 」 「うんっとね……あれれ? 」  芽生くんが不思議そうな顔をした。   「どうかした? 」 「メイね、すごく面白いこと発見しちゃった!」  今度は嬉しそうに笑う。  一体何を発見?  心臓がバリバリと音を立てる。  まさかバレた? いや、まだ幼児だ。何も知るはずない。  なのに、まるで昨日の行為の全てが暴かれたように居た堪れない気持ちになってしまった。 「何を見つけたんだ? 芽生、少し瑞樹から離れて」  宗吾さんも流石に焦った様子で、助け舟を出してくれた。 「あのね、おにいちゃんからパパのにおいがするよ!」  うわっ……そう来る!?  ボンっと火山が噴火したように、僕は真っ赤になった。  宗吾さんの方は一瞬驚いたが、破顔した! 「はっはは、そうか、ついにパパの長年の夢が叶ったのか! 」  そ、宗吾さんもやめて下さいよぉ……と、声を大にして訴えたいが、そんなこと出来るはずがなく、ただただオロオロと二人を見つめるばかりだ。 「パパ。よかったね。そういえば、いつもクンクンして、お兄ちゃんのこと探していたもんねぇ」  はぁ……宗吾さん恨みますよ。 「ははっまあな。さぁ芽生もう起きよう。洗濯をするから手伝ってくれ」 「はーい! 芽生、ちゃんとお手伝いできるもん」 「……瑞樹は、コホン……その、早くシャワーを浴びてくるといい」 「あっハイ……そうですよね」  わわわっ、今度は突然日常に戻るのか。もう頭が追い付かない。  真っ赤な顔のままベッドから抜け出すと、宗吾さんが寝室のカーテンを開き、ガラっと窓も開けてくれた。  途端にレースのカーテンがふわりと舞い、爽やかな薫風が籠った寝室に舞い込んできた。 「今日も晴れているな。風が気持ちいいぞ! 」 「そうですね!」  これが僕の選んだ新しい生活の新しい朝だなんだ。  その光景が眩しく感じた。  シャワーを頭から一気に浴びると、とても心地良かった。 「ふぅ、それにしても、さっきは本当に焦ったな」  事後の余韻に浸る、ゆったりとした朝とは真逆の刺激的な朝だったので、まだ心臓がバクバクしている。  でもこれがいい──  アイツと暮らした日々とは、全く違う日常が始まった。  ふと鏡に映る自分と目が合って、ギョッとしてしまった。  昨日、いつの間に泣いたのか。目元が赤くなっていて……唇は吸われ過ぎて少し腫れている。胸の粒は弄られ過ぎて赤くなってまだ尖っているようだ。シャワーの水滴があたるだけで過敏に反応してしまうので慌てた。  本当に全身を隈なく愛してもらった。  宗吾さんが初めて僕を抱いてくれた。  そのことに胸がいっぱいになる。    「あっここ……ここにも……」  宗吾さんは、僕の胸元に点々と痕を残していた。辿っていくと、彼の熱い唇と指先の動きを鮮明に思い出し、慌ててしゃがみ込んでしまった。その拍子に少しの残滓が伝い降りて、もうっ卒倒しそうになった。 「うわっ恥ずかしい」  壁にぶつかった音に宗吾さんが心配そうに声をかけてくれた。 「瑞樹ー? おーい、大丈夫か」 「あっはい!」  駄目だ、こんなんじゃ。少し冷静になろう。  こんな調子ではこの先、冷静に生活できないだろう。  宗吾さんも僕も……初めての行為にお互い溺れてしまった。  待ちわびて待ち焦がれて……羽目を外してしまったのだ。  今度からはもう少し自重しないと。  でも……とても幸せな朝だ。  もう一度鏡を覗くと……僕は幸せで満ちた顔になっていた。  それは今までに見たことのない、何か吹っ切れたようなさっぱりとした表情でもあった。  グンっと両手を天井に伸ばし、大きく伸びをした。  潤った樹木がぐんぐんと成長していくように、僕も伸びやかに生きていけそうだ。  ここで──  この家が、僕のホーム、僕の土壌になる。    そんな気持ちで満ちていた。  

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