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恋心……溢れて 2
「だっ……大丈夫です」
「そうか」
意識し過ぎないように深呼吸するが、まだ僕は裸で宗吾さんも裸なので、少し抱きしめられるだけでも、素肌が求め合ってしまうようで……猛烈に恥ずかしい。
僕……こんな調子で、この先大丈夫だろうか。
こんなにも居心地のよい場所を知ってしまったら、宗吾さんなしで生きていけなくなりそうで怖い。
「怯えなくてもいい。怖くない」
「あ……」
怖いのは……僕が幸せに慣れてないからなのか。それともあんなに愛を囁きあった一馬に置いて行かれた苦い経験からなのか。
「なぁ瑞樹。俺達はお互いに幸せに慣れていない部分があるよな。俺も一度幸せに見えていた結婚家庭が目の前で突然崩れ去ったのを経験している。『幸せは永遠だ』と言葉で言うのは簡単だが、それがいかに不確かなものかもちゃんと知っている。だからこそ……」
「……だからこそ?」
宗吾さんが何を言おうとしているのか、とても気になった。
じっと彼の瞳の奥を覗き込む。
「幸せが突然消えてしまうことを身を持って体験したことのある俺達だからこそ、きっと上手くいく」
「……はい、宗吾さんとの恋、もう……ずっと続けたいです。僕を……」
駄目だ。この先は少しでも喋ると泣いてしまいそうだ。目頭が熱くなった。
「置いて行かないよ。だから瑞樹、俺を信頼してくれ。俺は瑞樹に信頼されるに値する人間になれるよう努力する。でも俺だけじゃ駄目なんだ。瑞樹の信頼があって初めてそれは成り立つんだ」
「信頼……」
「あぁ信頼して欲しい」
「僕も好きな言葉です」
「俺も瑞樹を信頼するよ」
信頼……信じて頼るということ。
信頼するにはその人物の過去も大事だが、将来に向かって期待を抱くという気持ちが強い。
僕にとって宗吾さんは明るい未来そのものだ。僕が宗吾さんを信じ、宗吾さんも僕を信じる。その積み重ねが『互いの信頼』を生み出し、僕たちの未来を生み出していくのか。
「宗吾さんはやっぱり僕の欲しい言葉をくれます」
「それは……瑞樹のことが好きだからだよ。簡単なことなんだな、素直な気持ちをそのまま伝えていけばいい」
「はい」
「いいね、君の素直な所がとても好きだ」
宗吾さんが僕をもう一度深く抱きしめる。
僕の胸元に宗吾さんが顔を埋めるもんだから、ジタバタともがきたくなってしまた。
「宗吾さん……もうっ……駄目です」
「少しだけ、このままで。瑞樹には瑞樹のにおいがするな。花のような香りのじゃなくて、これは瑞樹自身が放つ香りだったんだな」
「僕自身の……?」
ずっと、一馬は僕を抱くと……「花のような香り」と言ったが、宗吾さんは「僕自身の香り」だと言ってくれるのか。
なんだか僕が僕らしく生きている証のようで、その言葉が好きになった!
「僕らしくなってきましたか。僕は……ちゃんと生きているんですね」
「そうだよ。そしてこれから俺と一緒に生きていく。俺が毎晩のように君を潤わせてやるからな」
「なっ、宗吾さんの言葉は……もうっ、でもきっと毎晩は無理ですよ」
「ん? 何でだ?」
「だって明日は芽生くんと朝まで一緒にと約束しちゃったので」
「うー」
宗吾さんが悔しそうに唸った。でもすぐに気持ちを切り替えてくれたようで、僕の前髪をかき分け、そこに優しい口づけを落としてくれる。
「芽生のことも愛してくれて嬉しいよ」
「はい、二人とも大好きです!」
「少し眠ろう。寝不足だと芽生につっこまれそうだしな」」
「ですね。あ……じゃあ僕、自分の部屋に戻りますね」
それがお互いのためだと思ったのに、宗吾さんは不服そうに僕に腰に手を回して、行かせないように動きを制した。
「つれないことを。初夜だったんだぞ。朝までここにいてくれよ」
「初夜って、そんな……」
「俺はそのつもりだったけど」
「もうっ」
「あーでも、一応パジャマ着ておくか」
「その方がよいかと」
一度起こされ、もう一度躰を拭いてもらった。宗吾さんはシーツも整えてくれた。
「ごめん、シャワーは朝でいいか。芽生の部屋と近いし、少しも離れていたくないんだ。今日だけは……」
「はい、もう綺麗にしてもらったので……」
宗吾さんがまるで芽生くんに服を着せるように、僕にパジャマを優しく着せてくれた。
なんだか小さな子供に戻ったみたいに扱われて恥ずかしいのに、どこか心地よかった。
守られている。……頼ってもいい人がすぐ傍にいることが嬉しくて。
夏樹が生まれてから甘えることを自分でやめてしまった。母も父も少しも変わらず僕を愛してくれて、いつだって両手を広げていてくれたのに……急にいなくなってしまった時に、もっと甘えておけばよかったと後悔した。
函館では素直に甘えられなかった。広樹兄さんもお母さんも優しくしてくれたのに、一線を先に引いたのは僕の方だ。
だからこそ、僕は宗吾さんに素直に甘えたいと思った。
「おいおい随分可愛い顔をするんだな。いつも可愛いが、今日はいつもより幼い可愛さだぞ。参ったな」
「そっそうですか」
「そうだよ、沢山甘えてくれよ。俺には」
「はい」
お揃いのパジャマで、くっつきあった。
今度は日光の香りがする清潔な温もりになった。
宗吾さんは今度は僕をぬいぐるみのように抱くから、なんだか僕もぬいぐるみになったように、スヤスヤと眠りに落ちてしまった。
****
「パパー!おにいちゃん!おはようー!!」
次の瞬間、僕たちの間に潜り込んできたぬくもりを受けとめ、飛び起きた。
「わっ、芽生くん、おはよう!」
「ふふっ、やっぱりここにいたんだねー大きなベッドはどうだった?」
「ぐっすりだったよ」
幸せな朝を僕は迎えていた。
この家で、愛する人に囲まれて──
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