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恋心……溢れて 7

 芽生くんのお迎えを頼まれていたので、仕事は早めに切り上げた。  帰り際に給湯室を覗くと、管野が鼻歌を歌いながら上機嫌で自分のマグカップを洗っていた。 「管野、悪い。お先に」 「お疲れ~葉山もご機嫌だな」 「そうかな。あっ、さっきは引越祝いありがとうな」 「アレちゃんと使えよ~お手入れも大事だぜ」 「わっ分かった」  なんとなく含み笑いされているような気がして動揺してしまう。  僕の家に泊まった時に宗吾さんとの深い関係を、やっぱり気づかれたのかもしれないな。 「おいおい、んな不安そうな顔するなって。何の心配もいらないよ。俺さ、葉山の笑っている顔を見るのが好きなんだ。だからお前が幸せでいてくれれば、それでいい」 「……いいのか、信じても」 「あぁ信じてくれよ。お前、ちょうど去年の今頃だったか……特に3月と4月は酷い顔していたもんな。泣き叫びたいのを我慢しながら笑っているような、寂しい笑顔ばかり浮かべていたな。あれはそっと見守る方も大変だったぞ」 「え……」  去年の冬から春にかけて……僕はちょうど一馬から決定的な別れを切り出され、そして別れの当日を迎えた。プライベートは持ち込みたくないと、会社では必死にいつも通りにしていたつもりだったのに、見破られていたのか。 「……そうか」 「そういうこと! だから今のお前を見ているとホッとするよ。いい方向に変わったな。それにちゃんと自分の言いたいことをハッキリ発言できるようになって良かったな。あのバカ後輩にピシャリと意見を言うのいい! あれさぁ~冷たくて震えるぜ。あれ? 俺ってもしかしてMか~」 「おい!」 「とにかく幸せで何よりだな。そういえばアイツの作った雑炊うまかったな。そのうち俺を新居に呼んで、もてなして欲しい。なっいいだろ? また旨いもん食わせてくれよ」 「んーそれはどうだろう? ……あんまり、いい顔しないかもよ」 「いんや、その引っ越し祝いを見せたら逆に感謝されるさ。それ、ちゃんと帰ったらアイツにも見せるんだぞ」 「うん? 分かったよ」  こんな何の変哲もないアイマスクを宗吾さんが見て喜ぶのかな。  宗吾さんが感謝する?    まったく菅野はおもしろいな。そしてあったかくて信頼の出来る気のいい奴だ。  首を傾げながらも、安心した気分で帰途についた。 ****  おにいちゃん、まだかな。  ソワソワした気分で日が暮れた教室でお絵描きをしていると、幼稚園の先生に話しかけられた。 「芽生くん、どうしたの? さっきからソワソワね。もしかしてお家に帰りたくなってしまった? 今日は初めて長時間の延長保育だもんね。我慢しなくていいのよ」  先生が心配そうにボクを覗き込むので、慌てて首を横にブンブンと振った。 「ちがうの! まちきれなくて!」 「うんうん、お迎えが待ち遠しいのね、もうちょっとだから寂しいの我慢してね」  うーん、先生にはこのボクのドキドキは、やっぱり伝わらないのかな。  あのね、ボクのパパはね、今とってもとってもしあわせなんだよ!  ママがいなくなってから、パパは変わった。それまで本当のことを言うとパパと遊んだ思い出はあまりない。ママはいつも家にいて可愛がってくれたけど、パパはほとんどいなかった。だからボクとパパは、今みたいに『なかよし』じゃなかった。  ママが突然怒っていなくなっちゃった時は、びっくりしたよ。どうしてボクも連れていってくれないのかなって悲しくもなった。  でもボクまでいなくなったら、パパがかわいそうだと思ったんだ。だってパパとボクは男どうしだもん。パパの味方がいないとね。  ママはね、それから何度か幼稚園までボクに会いにきてくれたよ。 「ママが悪かったわ。一時の感情であなたを置いていくなんて。やっぱり一緒に暮らしましょう」  って言ってくれたよ。(パパになナイショだよ)でもね、ボクがパパのそばにいたいと思ったんだ。  ボクのために慣れないお弁当をつくってくれて、お友達のお母さんとも仲良くしてくれて、すごくがんばっているパパがどんどんスキになった。だからボクはパパともっと仲良くなりたくなったんだ。  でもね、ひとつ困ったことがあって。  ボクはパパにいっぱい可愛がってもらえるけど、パパを可愛がってくれる人がいないってことに気づいたんだ。  そんな時、ボクたちが出会ったのがお兄ちゃん。  お兄ちゃんも、大切なものをなくしちゃったみたいで、エーンエーンって泣いていた。  ボクとパパはそんなお兄ちゃんに笑ってもらいたくて必死だったよ。それからパパはもっともっと変わったよ。  ある日、お兄ちゃんがパパを笑わせてくれた。パパもお兄ちゃんを笑わせた。その間にいるボクも、しあわせな気持ちで笑った。  だから「見つけた!」って思ったよ。  ボクのパパを大切にしてくれる人は、お兄ちゃんだ。  パパもおにいちゃんも男の人で、ママとは違う。違うのは分かっているけど、それでいい! だって、ボクもパパもお兄ちゃんのことが好きだから。  難しいことはまだ分からないけど、『すき』って気持ちって、とても大切だよね。 「あの、すみません。芽生くんの迎えに来た者ですが」 「保護者カードを確認させてください。あぁ芽生くんのお迎えですね。えっと、あなたのお名前は」 「葉山瑞樹です」 「あぁどうぞ。登録済みです。あっちで待っていますよ」  お兄ちゃんの声が聞こえたので慌てて画用紙を折りたたんだ。これはボクからのプレゼントだから、あとでね。 「芽生くん、お待たせ」  パパと同じスーツ姿のお兄ちゃんが、笑ってくれる。だからボクも嬉しくなる。  えーっと、おばあちゃんが言っていたよ。  難しく考えないくていい。シンプルが一番なんだって! 「お兄ちゃん!」  ボクはお兄ちゃんに飛びついた。 「ふふ、お絵かきしていたの? 」 「あっごめんなさい。汚しちゃった? 」 「大丈夫だよ。何を描いていたのかな? 」 「まだヒ・ミ・ツ!」 「そうか。楽しみだな。そういう『可愛い秘密』ってなつかしいね」 「『かわいいヒミツ』って何?」 「うん、しあわせが詰まっているワクワクしたものだよ」  お兄ちゃんと手をつないで、今日からはボクの家に一緒に帰れるんだ!  それがうれしくて、ワンちゃんのしっぽみたいに、手をブンブン振っちゃったよ! 「おにーちゃんダイスキ!」 「芽生くん、僕もだよ」  お兄ちゃんからは、今度はふわっとお花のいい香りがした。  朝はあんなにパパのにおいがしたのにな~って、こっそり思ったけど、お兄ちゃんがまた真っ赤になって困った顔をしそうなので、ボクだけの秘密にしておいた。  こんな『かわいいヒミツ』なら、いいよね!              

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