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若葉風にそよぐ 6
カーテンの隙間から明るい日差しが届き、一足先に目が覚めた。
瑞樹は俺の胸に抱かれたままで、俺が長い時間抱いた素肌は少し汗ばんでしっとりと輝いていた。まだ剥き出しの白く滑らかな背中を見つめると、またじわじわと愛おしさが込み上げてきてしまう。
参った……止まらないな。
一線を越えた瑞樹の躰は、俺をどこまでも貪欲にしてしまう。
「瑞樹……夜はありがとう。そして朝まで一緒に過ごしてくれてありがとうな」
結局あれから何度も執拗に瑞樹を求めてしまって、今日から函館に行くのに疲れさせてごめんな。疲労困憊の彼の横顔に、少しの罪悪感と、満足感を抱いていた。
頬にかかる少し伸びた髪を手で梳いてやると、感じ過ぎて流した涙の跡を見つけた。何だか嬉しいやら申し訳ないやら、感情が忙しいな。
瑞樹の寝顔すら愛おしいなんて……ずっとこのまま君の傍にいたいよ。
歩み寄る恋は成就し……
これからは寄り添う恋の始まりなのか。
それにしても瑞樹は人の心を読むのが上手い、そして聞き上手なんだな。
昨日の俺はいつになく凹んでしまって、瑞樹や芽生より先に眠ってしまった。すると瑞樹の方から、この寝室にやってきてくれた。君からの口づけに元気をもらい、君を抱くことによって自信を取り戻せた。
「瑞樹……」
「……んっ」
淡く色づいた唇から漏れる甘い吐息を掬うように、『おはよう』のキスをした。流石に今日は疲れているのか、瑞樹は目覚めない。
飛行機の予約……こんなこともあろうかと遅めにしておいてよかったな。昼のフライトなので、今から朝食をゆっくり食べてからでも充分間に合う。
まだ何も身に着けていない躰の肩口まで布団をすっぽり被せ、一足先にシャワーを浴びるために抜け出るために皺くちゃのシーツの上に下ろしてやると、衝撃で一瞬目が覚めたようだ。
「……ん……あっ……宗吾さん、もう、朝ですか」
「いいから。もう少し休んで」
「……は……い」
よほど眠いのか、すぐにまた安定した寝息を立てだした。敏感な君が目覚めないように静かに部屋を抜け出し、熱いシャワーを顔にあてた。
瑞樹……君を抱けば抱くほど気づかされる。
今、俺は恋をしている。
心を重ねたい人、心で抱きたい人がいる。
いい朝だ。
降り注ぐシャワーの水を躰が跳ね飛ばしていく。
どうやら躰に新しい力が漲っているようだ。
弱気な俺はもう払拭され、芽生と産みの母親……玲子との関係について前向きに捉えられそうだ。瑞樹がいてくれるから上手くやっていける気がする。
瑞樹に水を与えて潤してあげたいと願った1年だった。今の彼は土壌に根付き、綺麗に咲いている。そして今度は俺の心を和ませてくれる存在になった。
持ちつ持たれつか……
けっして持たれ過ぎない、持ちすぎない。絶妙な関係を続けていきたいよ。
濡れた髪を振り払い肩にバスタオルをかけて脱衣場に出ると、リビングで小さな影が動いた。
「おにいちゃん、どこー?」
おっと瑞樹はまだ寝室で裸のままだ。
これは、まずい!
「芽生、こっちだおいで」
「あっパパーおはよう」
「うん、おはよう」
「あれ? パパ、朝からお風呂入ったの? 」
「あぁ旅行に行くから、キレイさっぱり洗い流した」
「そうかーパパよかったね。少しゲンキなかったもんね」
子供はたまにするどい事を言う。もちろん意図せずだろうが、意外と些細な親の気持ちの変化にも敏感だ。
「スッキリした?」
「そういうメイもすっきりしたのか」
「え……うん! すっきりした! それよりおにいちゃんお部屋にいなかったよ。パパのお部屋かなーボク起こしてくる」
「おっと待て! それより瑞樹に朝ごはんをふたりで作らないか」
それはまずい、気を逸らす。
「え? ボクも手伝っていいの」
「あぁホットケーキにしよう」
「わぁい! じゃあ、この前おばあちゃんと食べたバナナチョコのホットケーキがいいな」
「朝からヘビーだな」
「だめ? 」
「いいぞ!」
「じゃあこのバナナむいてくれるか」
「うん!」
芽生が夢中になっている間に、慌てて瑞樹を起こしに走った。
****
「おにいちゃん、どこー?」
芽生くんの声がしたので、慌てて飛び起きた。
「うわ、寝坊してしまったのか。あ……あれ?」
妙に躰がスースーすると思ったら、僕の躰……まだ真っ裸だ!
「うわっ!まずい」
すぐにパタパタと軽い足音が止まり、ドアノブがカチャカチャっと回り出す。
どっどうしよう──!
俺のパジャマは!パンツはどこだ?
慌ててもう一度布団に潜り込んで冷や汗をかいていると、宗吾さんの声が遠くからして、芽生くんが寝室に入るのを止めてくれたようだった。
「ふぅ……危なかった」
改めて自分の裸体を見下ろすと、顔が赤くなる。
昨日、宗吾さんと深く抱き合い、なかなか寝かせてもらえなかったこと。どんな姿勢で繋がったのか、二度目は……何もかも色鮮やかに蘇ってきて、羞恥に震えてしまう。
あんなにシタのに、躰がさっぱりしているのは……気を失うように眠った後、事後の処理はしてもらったようだが、胸元に散る花弁にドキっとした。
ここも、ここも……僕は宗吾さんの口づけを受けたんだ。
「はぁ……もう駄目だ」
堰き止めていたものが流れ出すかのように、僕と宗吾さんはお互いの躰を貪いあってしまった。明け方近くまでシタのか。まだ眠いし、怠いし、腰も痛い。
「今日から函館に行くのに、こんなに躰に余韻を残して……」
そう言いながらも、その余韻が嬉しくもあった。
宗吾さんに抱かれると自分のことが好きになるのが、不思議だ。
躰の中から、潤いに満ちた気持ちになっていた。
まるで花が咲くような瑞々しい朝だった。
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