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若葉風にそよぐ 7

 寝室のドアがバタンっと開いたので、再びビクッと躰を震わせると、宗吾さんが立っていた。 「瑞樹、起きたのか」 「……宗吾さん」 「悪かったな。とにかく、これを着て風呂に行け」 「あっはい」  ポンッと投げられたのは、白いバスローブ。  急いでそれを着用し、とにかく風呂場に駆け込んだ。  さっきまで感じていた深い余韻は、もう封じ込めよう。  昨夜見せてくれた弱い宗吾さんの姿は、嫌になるどころか嬉しかった。  この1年間、ずっと僕のことを支えてくれた人なんだ。  今度は僕だって、少しはあなたを支える存在になりたいと願う。 **** 「パパ、どう? うまくむけたでしょう!」 「おぉ上手だぞ」  芽生がバナナの皮を綺麗に剥いて、得意げに俺の目の前に差し出した。  その背後にバスローブ姿の瑞樹が部屋を横切っていくのが見えた。  パタンと脱衣所のドアが閉まる音がしたので、芽生も振り返った。 「あれぇ? おにいちゃんも朝、お風呂にはいるんだね」 「そうみたいだな」 「昨日、ボクとはいったのに、また~?」  そこな。それは子供の素朴な疑問だよな。  大人の事情とは言えないから、素知らぬ顔をした。 「函館に行くから、すっきりしたいんだろうな」 「ふーん、旅行にいくのって大変なんだね」 「ははっ、まぁな」  それから芽生とホットケーキミックスを混ぜて、フライパンで焼きだした。そういえば離婚してすぐ、芽生にねだられて作った時は、表面が真っ黒で中は生焼けだったのを思い出す。  それに比べて今日はどうだ!  表面はきつね色でふっくら焼きあがっていくぞ。 「うわぁいい匂い! 穴がブツブツあいてきたよ」 「よし、ひっくり返すぞ!」 「うん! パパーがんばって!」  ふたりで楽しく作業していると、スッと横にシャワーを浴びた瑞樹がすました顔でやってきた。いつの間に洋服を着て髪も乾かしたのか。さっき迄の色気は綺麗にしまっていた。 「おはようございます。宗吾さん、芽生くん」 「あぁおはよう」  艶めいた君は影を潜めてしまっていたので、少し残念だった。でも同時にこういう所が、瑞樹らしいと思う。  一番上のボタンまでしっかりとめた薄い水色のシャツに、細身のパンツ姿。醸し出す清楚な雰囲気は、俺が抱く前も抱いた後も何も変わっていない。 「あの、何か手伝うことはありますか」  瑞樹が腕まくりしながら聞いてくる。 「ううん、今日はおにいちゃんにホットケーキ作ってあげているんだ。だから、テーブルで待っていて」 「そうなの?」    小首を傾げ芽生を見つめる仕草に、俺の胸の奥が密かに疼く。瑞樹はさ、いちいち仕草が可愛いんだよな。 「おにいちゃん、もしかしてお腹ペコペコ?」 「え……まぁ」 「やっぱり! すごくうえた顔してるもん!」 「えっ」 「おいおい、その言葉どこで学んだんだ?」 「モチロン、パパからだよ! 」  三人で笑いあった。  まぁ確かにこの1年、俺は瑞樹に飢え続けていたからな。 「おにいちゃん、そうだ、じゃあ先にバナナ食べているといいよ」 「バナナ?」 「うん、ボク上手にむけるんだ」 「へぇ」 「むいてあげるから、早くこっちにすわって」 「う、うん」  フライパンでホットケーキを焼きながら、横目でふたりの様子を見ると、芽生が瑞樹のためにバナナをむいていた。へぇ、可愛い光景だな。小さかった芽生も年長さんになってから、お世話することに目覚めたようだ。 「おにいちゃん、アーン」 「えっ」 「食べてみて、とっても甘いよ」  芽生が皮を剥いたバナナを、丸ごと瑞樹に差し出していた。瑞樹は目の前のバナナに、少したじろぐ。 「おにいちゃん、持っていてあげるから、ほらアーンして」 「うっうん、じゃあ、いただくね」 「アーン」  躊躇しながらも、瑞樹の淡い色の唇がゆっくりと開く。そして白くて太いバナナを、思い切ってパクっとくわえた。  最初は何となく見ていた光景なのに、俺の思考回路が急ブレーキをかけてあらぬ方向に曲がっていく。  それは、それは……どうみたって、えっ……エロい!  心の中で大きく叫ぶと、食卓にいる瑞樹と目がばっちりあった。  口にはバナナをくわえ、モグモグと顎を動かしながらも、みるみるうちに目元が朱色に染まっていくのが分かった。  瑞樹が俺を意識する。  俺も瑞樹を意識する。  瑞樹の顔がさらにポンっと火が付いたように赤くなる。  俺の脳内は沸騰して、鼻の奥がツンっと熱くなった。 「そっ……モゴっ……ゴホッ!」 「うわっ」  瑞樹はバナナを喉に詰まらせそうになって、ゴホゴホと咳込んだ。    瑞樹の視線に気が付いた芽衣がこっちを振り返るなり、すっ飛んできた。  「わーパパー鼻血、鼻血!もうーしっかりしてーだいじょうぶ?」  慌ててティッシュを息子に差し出されることになり、苦笑するしかなかった。 **** 「それじゃ行ってきますよ、あなた」  仏壇にお線香をあげながら、亡き夫に報告した。  学者肌で気難しく堅苦しくて大変だったけれども、もうこの世にいないのは寂しいものね。あなたの几帳面な気質は見事に長男へ、私のおおらかな気質は次男に受け継がれたみたい。   「函館の……瑞樹くんのお家にご挨拶してきますよ。宗吾の恋人は……男の子ですが、とても可愛らしい子で、私も大ファンなのよ」  それにしても、もしあなたが生きていて今の宗吾の状況を見たら、卒倒したでしょうね。理解できない世界だったでしょうね。  でもね……私はむしろ嬉しいの。すっと押さえつけられて成長し、どこか投げやりになっていた宗吾が、あんなにも深く優しく人を愛することが出来るようになったのが。  宗吾をそこまで変えた瑞樹くんの存在が、私は愛おしくて……だから元気なうちに私の方から、彼のご家族に、きちんとご挨拶したかったの。  今回の函館旅行に誘ってもらえて本当に嬉しかったわ。  宗吾にそんな気が回るとは、本当に変わったわね。  彼を産んだお母様と、彼を育てたお母様……その両方にきちんと挨拶したいわ。私も母だから分かるの。どちらの母も尊い存在ということが。  少し早めに羽田空港の出発ロビー着いたので、ベンチに座って通り過ぎる人を眺めていると、向こうから和やかな雰囲気を醸し出す三人が近づいてきたので、思わず目を細めてしまった。  いい光景だわ。  あなたたちは、まるであたたかい陽だまりのようね。  三人揃うと、光輝くよう。  私の息子と孫、そして息子の大切な恋人、瑞樹くん。あなたたちは本当に、私にとって大切な存在よ。 「母さん、待たせたね」 「おばあちゃん~」 「こんにちは!」  皆が皆、私を見つけて嬉しそうに声をかけてくれた。  折しも新緑の季節。  空港内に風が吹き抜けるはずないのに、爽やかな若葉風が吹いているように感じてしまった。  私の老いた心も、新鮮な若葉風にそよいでいた。 『若葉風にそよぐ』 了 あとがき (不要な人はスルーでご対応を) **** こんにちは。志生帆 海です。 函館行きまでの前置きが長くなってしまいましたが、次回から場面を切り替えますね。 最近、少々ラブラブが多すぎるような……(・。・;   切なかった1年を乗り越えたのもあり、私の萌え優先で書いてしまい……今後は少しストーリー展開に力をいれていこうと思います。 このご時世……なかなか集中して書けないのですが、私の息抜きも兼ねて『幸せな存在』を執筆しております。 読者さま……いつも読んでくださってありがとうございます。 いただくリアクションはモチベーション維持に繋がっています。 せめて創作の世界は幸せに楽しくなるといいなと……日々更新しています。 今後も一緒に楽しんでいただける方がいらしたら、嬉しいです。    

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