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さくら色の故郷 1

「広樹、そろそろ迎えに行かないと、もう時間よ~」 「おー、今行くよ」 「気を付けてね」  花屋の店番を母とバトンタッチし車に乗り込むと、ダッシュボードに飾った家族写真の瑞樹と目があった。これは宗吾と一緒にここを旅立つ日に、家の前で皆で撮ったものだ。  はにかんだ笑顔で写真に収まっている瑞樹に話しかける。   「瑞樹……あれからどうしている? 元気にやっているのか。宗吾とうまくやっているか」  東京の瑞樹からは定期便のような連絡はもらっていた。だがどこかで……また無理をしているんじゃないかって心配していた。母さんも俺も口には出さないが気にしていた。    やっぱりこの目で直接確かめたい……とな。 「瑞樹……やっと来るのか。この日が待ち遠しかったぜ」  宗吾から連休前にもらった連絡は、俺と母を大いに喜ばせた。 『瑞樹にはまだ内緒だが、ゴールデンウィークに一緒に帰省するよ。その時、俺の母と息子も連れて行っていいか。きちんと瑞樹とのことをご家族に挨拶したいんだ』  宗吾の奴……やるな。同じ男としてカッコイイと思った。  瑞樹は俺にとって大切な弟だ。血は繋がっていなくても、ずっと心で結びついてきたと自負している。  あの忌まわしい事件で……ボロボロに心も躰も傷ついた瑞樹。  軽井沢から連れ帰って、ここで療養させた切ない日々。大沼でリハビリを頑張った日々。東京に桜が咲いたからと迎えに来た宗吾と一緒に明るく羽ばたていった、あの日。  いろんな瑞樹を思い出すと、目頭が熱くなる。 「あー、おいっそんな辛気臭い顔するな、広樹!」  自分の頬を両手でバチバチっと叩いた。  瑞樹のことを思い出すと、やっぱりセンチメンタルになるんだよな。  もう瑞樹は大丈夫だ。ひとりで泣いていない。  宗吾と出会い幸せを掴んだから、大丈夫だって分かっているのに。  ハンドルを握り、一気に切ない想いを払拭するようにアクセルを踏み込んだ。  空港に着くとすぐに電光掲示板を確認した。瑞樹を乗せた飛行機は予定通り到着するようだな。  それにしても五月を迎えた空には雲一つない。  瑞樹は真っ白な飛行機に乗って、もうすぐ生まれ故郷に帰ってくる。  ふと遠い昔の記憶が蘇ってきた。 『兄さん、すごい!』 『どれ? ほら、ここを折るともっと遠くに飛ぶぞ』 『わぁ、ありがとう!』  幼い瑞樹と折り紙で紙飛行機を作り、原っぱで飛ばしあったのを思い出すな。  赤。青。黄色。緑……  俺はいろんな色の飛行機を飛ばしたが、瑞樹は白ばかり折っていた。 『おい、なんで白ばかり選ぶ? 』 『……えっと、青空には白が一番似合う気がして』  ニコッと微笑む瑞樹に見とれつつ、それは半分ウソだろう。俺が、白色はつまらなくて使わないから、お前が代わりに折っているのだろう? と訝しんでしまった。  『本当にそう思うよ』  それでも爽やかに笑う瑞樹に、白が似合うのはお前の方だと感じた。  瑞樹は最初から清楚で綺麗な子だった。だから白が似合うと漠然と思ったのかもな。瑞樹が上京してから白い花に触れる度にお前を思い出すのは、そのせいなのか。  白い花はどんな花やグリーンにも合うが、逆に自分を持たない色のように見えて……いつも我が家で控えめだった瑞樹のことを想いだしては、切なくなった。  おっ、そろそろ騒めきと人の往来が多くなってきたな。どうや予定通り飛行機が着いたようだ。  それにしても今日の俺はどこまでもセンチメンタルだなぁと、苦笑してしまった。  さぁ気持ちを切り替えて出迎えよう!  桜前線と共にやって来る可愛い弟と、弟を愛してくれる家族のことを! **** **** 「瑞樹、ほらもう着いたぞ」 「う……ん、あっ」  瑞樹は俺の隣で、離陸後から着陸するまで、ずっと眠っていた。  俺の肩にもたれてくる君の重みとぬくもりが嬉しくて、今のうちに寝かせてやりたくて、なるべく動かないようにじっとしていた。  昨夜、無理させたのは俺だ。  君に触れる手が止まらなくなってしまったのも、俺だ。  瑞樹の中が気持ち良すぎて堪らない。一度じゃ止まらなくなる。そう伝えたら怒られるかなぁ。頭の中ではそんなことを考えつつ、今は子供と母の前だと気を引き締めた。  瑞樹は起きたものの、まだぼんやりとしていた。 「まぁ瑞樹くんは随分疲れていたのね」 「ねーパパ、おにいちゃんは朝からお風呂はいってスッキリしたはずなのに、おかしいねぇ」 「しっ!」  母さんに余計なこと言うなよ~変に勘ぐられる。  といっても母さんは古風な人間なので、俺が男を愛す人間だと知っていても、どこまで分かっているんだか。これって……親父が生きている頃だったらありえないシチュエーションだよな。 「母さん、本当にありがとう。函館まで付き合ってくれて」 「まぁまぁ、あなたが素直にお礼を言うなんて……本当に変わったわね」 「当たり前だ。瑞樹のことを受け入れてもらえただけでも有難いのに、実家への挨拶にも付き合ってもらえるなんて」 「私も瑞樹くんのことが好きだから、してあげたいの、いえ、私からしたいというのが素直な気持ちよ」  母と息子の会話を寝ぼけた顔で聞いていた瑞樹が、耳まで赤くして恐縮する。 「あの……お二人ともありがとうございます。僕……ずっと寝てしまってすみません」 「いいのよ、さぁもう函館よ。あなたがしっかり案内してね」 「はい。ここからは僕がしっかりナビします!」  函館は瑞樹のテリトリーだ。  君が行きたい所に行き、会いたい人に会って、話したいことを話そう!  瑞樹も自分に任されたのが嬉しかったのか、今度はシャキンと目覚めたようだ。 「あっ僕が荷物を取りますね」  座席上の荷物を、通路側にいた瑞樹が手を伸ばして取ろうと背伸びした時、少し痛そうに顔を歪めたので、俺がスッと取ってやった。 「あ……すみません、もう……」  瑞樹は見破られたといったような、少し悔しそうに……でも参ったなといった様子で笑っていた。  腰の痛みの原因は俺だ。彼をそこまで抱けたことがやっぱり嬉しくてニヤついてしまうと、今度は母に一喝された。 「宗吾、なんです! そのしまりのない顔は。もっとシャキンとしなさい。もう恥ずかしいわ」 「くすっ」 「パパ。おこられちゃった」 「すまん」  和やかな空気が、母をも巻き込んで膨れ上がっていく。  桜色に色づく北の大地に相応しい気持ちで、俺達は飛行機を降りた。  

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