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さくら色の故郷 6

「さぁ着きました。ここが俺たちの家ですよ」  兄さんが宗吾さんのお母さんを案内している間に、僕は芽生くんと手を繋いで車から降りた。 「わぁ~ここがおにいちゃんのおうちなんだね」 「うん、そうだよ」  芽生くんは嬉しそうに、僕の家を見上げた。  何の変哲もない2階建ての家。昔ながらの佇まいの花屋の店構えだが、僕にとっては大切な実家だ。 「あっ、おうちの前にお花がいっぱいだね」 「うん、花屋さんだからね」 「おはなやさんがおうちなんてすごいね。キレイー!」  芽生くんの無邪気な言葉に、昔の記憶が蘇る。  僕もあの時……本当はそう思ったんだ。  両親と弟の葬儀の後、手を引かれて連れてこられた家には花が沢山あった。お花畑みたいな家だと思ったのに、あの時はまだ喪失感が強くて、押し黙ったままだった。  素直に言えない、素直になれなかったことが、この家にはまだ沢山詰まっている。だからこそ今回の旅では、心のままに感情を出して素直になろうと誓っていた。 「おにいちゃん、これはチューリップだよね。キレイだね。あっこの赤いのは? 」 「それはカーネーションだよ」 「あっ、知ってるー! 幼稚園で工作したもん!」  芽生くんの声に誘われ改めて店先を眺めると、バケツに入った切り花が『カラフル』だった。  赤、ピンク、黄色、オレンジ、白、青、グリーンに、紫……  花の色は自然のパレットだ。僕の家はこんなに色鮮やかだったのか……  花屋なので全国から仕入れた花が一年中ショーケースに並んでいるが、春の日差しを浴び外気に触れているのは、輝きが違うな。密閉されたガラスの中ではじっとしている花たちが、おもいっきり息を吸っている。  店の向いの桜もちょうど満開で、まるで僕たちの訪れを歓迎しているようだ。  4月下旬に桜前線が北海道に上陸し、南の松前町から桜の開花が始まり、函館市内はゴールデンウィークのまさに今が見頃だ。桜の開花と共に、僕の育った函館にも春がやってくる。 「あ、おにーちゃん、さくらの花びらだね」 「うん、あそこに咲いているからね」 「うわぁ……きれいなところだねぇ」  桜の花びらがゆっくりと舞い降りてくる。  風に吹かれ、店の軒下にまでやってくる。  これは……もう毎年繰り返してきた春の訪れの光景だ。 「花びら、つかめないかなー」  芽生くんのぷっくりした小さな手を掠めていく。  小さな手を空にむかって差し出す様子が可愛かった。 「あっ取れたよー」  同時に……今、このタイミングで、このメンバーで立っている事が嬉しくて、今の僕の気持ちを色で表したような柔らかな桜色の世界に、胸の奥が切なく震えていた。  ここが僕の故郷だ──  そう素直に想えることの喜び。 「瑞樹、お帰りなさい」  声の方を振り向くと、お母さんが朗らかな笑顔で立っていた。 「お母さん……ただいま」  僕は……『ただいま』と素直に言えた。 「元気そうね、よかったわ」  母の目は潤み、そのままハグされたので少しだけ戸惑ってしまった。  きっと……夜明けが少しずつ早くなり日差しが柔らかさを増し、春の気配が溢れ出すように、僕の心も、ようやく柔らかな春を迎えているのだろう。  僕はもういい歳なのにと少し気恥ずかしかったが、昔、出来なかったことをしたかったから、母の腕にそのままもたれるように抱かれた。 「お母さん……すごく会いたかったです」 「元気そうでよかった。あら、瑞樹……もしかして」 「え? 何ですか」    僕の腰あたりに手が触れた母が不思議そうな顔をしたので、何事だろうと心配になってしまった。 「あなた少し太った?」 「えっ!」 「ふふふ……それは『新婚さんの幸せ太り』かしらね! あっ……はじめまして宗吾の母です」  しっ……新婚!! 幸せ太りって、宗吾さんのお母さんも、なかなか言うな。あっそうか、だから芽生くんがあんなに耳年増になるんだなと、おかしくなった。 「おいおい、母さん、しょっぱなからその言い方はないだろうー」 「あら、今度は宗吾に怒られたわ! 」 「はははっ、こりゃいい。いいコンビだなー宗吾」 「くすっ」  堅苦しい挨拶なんてすっ飛ばして、みんなが一気に光の輪の中に飛び込んできたようだった。  ****    瑞樹の育った函館の家を訪れるのは、これで3度目だ。  12月にクリスマスイブを共に過ごし……3月に大沼から東京へと連れて帰る時に少しだけ立ち寄り、そして今日だ。  今までと決定的に違うのは、俺が瑞樹を最後まで抱いたということだ。俺と瑞樹は深い部分でも繋がった。彼の躰の隅々まで知っている。だからなのか、今回は特に気が引き締まるぞ。  こうやって母と息子を連れてやって来た事からも、俺の覚悟をしっかり感じとってもらえるといいが。  今、家の前で育ての母親に抱かれている瑞樹の顔は少し恥ずかしそうに、そしてくすぐったく甘い笑顔だった。  まるで小さい子供が親にハグしてもらう時にような、ふわっとした笑顔。俺に見せるのとは違う表情を浮かべている。  さぁそろそろ俺も改めてビシッと決めて挨拶するぞと意気込んだのに、  全く俺の母は……何を言うのかと思ったら。  こういうおおらかな人だから、いいのだ。  瑞樹を受け入れ、ここまでついてきてくれた母のことが、俺もますます好きになった。 「お母さん、ご無沙汰しています」 「宗吾さんもお元気そうね」 「えぇ、無事に瑞樹と暮しています」 「……よかったわ。瑞樹の幸せそうな顔を見て、本当に良かったと思えるわ」    瑞樹のお母さんは瑞樹を抱いたまま、俺を見て、朗らかに笑った。  いい笑顔だ。  芯の強い、自分を持っている女性の顔だ。  この人に認めてもらえるのが、嬉しかった。

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