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さくら色の故郷 8

「あれ? 瑞樹、酔ったのか。ほとんど飲んでないのに、顔が赤いぞ」 「えっ」  広樹兄さんに指摘されて、慌てて右手をずらそうとしても、宗吾さんの手がぴたりと重ねられているから、動かせない。  だっ駄目だ。もう……っ!  宗吾さんを意識し過ぎたせいで、ますます逆上せてきた。慌てて頬に左手を当てると、確かに熱く火照っていた。 「お前はあまり飲むなよ。何だか危なっかしいから」 「うっうん、そうするよ」 広樹兄さんに見つからないように、宗吾さんに小声で懇願すると、彼の方も困った顔をしていた。 「そ……宗吾さん、もうっ離してください……」 「あっあぁ、そのつもりだったが……参ったな。もう瑞樹不足だ」  離してくれるどころか、そのまま指と指を絡め合う恋人繋ぎにされて、ますます動揺してしまった。  指ってこんなに敏感だったか。  僕ってこんなに過敏だったのか。  もう何だか僕はおかしい……思わず前かがみになってしまいそうになる。 「おいおい、そんな色っぽい顔すんな」 「宗吾さん、もう離して……」  すると助け舟が……! 「おにーちゃん、ぼく、おしっこ」 「あっ! じゃあ僕が連れていってあげる」 「うん!はやく、はやく~」  宗吾さんの手は、そのタイミングで名残惜しそうに去って行った。 「芽生には勝てないな。瑞樹、悪いな」 「大丈夫ですよ」  ふぅ……本気で危なかった。  あれ以上触れられたら、大変なことになっていた。  家族のいる前なのに、宗吾さんは、もうっ──  それにしても僕も僕だ。  宗吾さんに最後まで抱かれてから、彼の事を意識しすぎだろう。  昨日だって散々シタのに。  恥かしいよ。本当に恥ずかしい……    芽生くんとトイレに行く間も悶々と考えていたら、メイくんに心配されてしまった。 「おにいちゃんーなにかこまってる?」 「え?」 「だって、むずかしいお顔をしてる」 「わっごめん」 「えへへ、おにいちゃんはわらっていた方がいいよ」 「そうかな」  芽生くんの言葉につられて微笑むと…… 「うん! ほら、やっぱりかわいいよ」 「そ、そうかな」 「その方がいいよ」  芽生くんって、結構大人だ。  はぁ……僕の方が励まされてどうする? **** 「おい宗吾、瑞樹にちょっかい出すなよ」 「うわ、バレてたか」 「当たり前だ! 俺は瑞樹の困った顔には敏感だからな」 「うっ……そうか、すまん」 「まぁ瑞樹が可愛い気持ちも分かるが、今日のお前は母親と子連れだぞ」 「う……そうだな」  本当にその通りだ。  チラッと母を見ると、「またデレっとしてシャキッとしなさい!」とジェスチャーで諭されてしまった。  なのでその後は品行方正に飲みに徹したのさ。  あーお陰でベロベロに酔った。広樹は酒が強すぎだ。それにしても、こっちのビールって上手いな。流石ビール工場直送だけある。ジンギスカンを食べまくり、ジョッキ生ビールをお代わりして、北海道ならではの味覚を大いに満喫した! 「さぁ母さん、そろそろ帰る? 俺、お勘定してくるわ」 「悪いわね。あの滝沢さん、今日は狭いけど我が家に泊まってくださいね」 「まぁよろしいの?」 「狭いですが、瑞樹が暮らした家をぜひ知って欲しくて」  母親同士の会話を聞きながら、千鳥足でふらふらと広樹と肩を組んで歩いた。 「くすっ、やっぱり今日もこのパターンですね」 「おー、瑞樹、宗吾はもらった」 「兄さんってば」  後ろから芽生と手を繋いで歩いて来る瑞樹に、笑われてしまった。  ところが、少し歩くと、芽生が眠いと駄々を捏ねだしてしまった。 「パパ~だっこ~」  うわっ!この酔っ払いに抱っこは危ないぞ。  参ったな……広樹も同レベルに酔っているし。 「あっ宗吾さん、僕がおんぶでよければ」 「いいのか。悪いな」 「いえ!」  確かに芽生にとってはハードスケジュールだったな。日中遊園地で散々飛び回っていたし。なので瑞樹のおんぶの申し出はありがたかった。 「おにいちゃん、いいの? 」 「もちろんだよ。ほら乗って」 「うん」  瑞樹はおんぶに慣れているようで、軽々と芽生を背負った。  芽生はまるで母親に甘えるように、瑞樹のシャツを少し摘まむように握り、頬を摺り寄せた。 「おにいちゃんの背中、いいにおい」  気持ち良さそうだな、瑞樹の背中。  芽生を背負った瑞樹を真ん中に、俺と広樹が守るような形で夜道を歩いた。後ろからは、俺達の母がゆっくりと付いて来る。  穏やかで、和やかで……家族の幸せな時間だと思った。  花屋への帰路、道の途中の桜が月あかりに照らされて、とても美しかった。  闇に浮かぶ幻想的な桜……風が吹けば、桜の花びらがひらひらと俺たちに向かって舞い降りてくる。 「宗吾さん、まるでフラワーシャワーのようですね」 「フラワーシャワーってあれか。結婚式のか。そう言えば、あれってどんな意味があるんだ?」 「あぁ……結婚式の最後にお花の香りを使ってお清めをすることで、悪霊や災難などの悪いものを跳ね除けるという意味があるそうですよ。僕もたまにブーケと一緒に依頼を受けるので調べました」 「へぇ、いいな。俺達の門出を祝っているみたいだな」 「……あっ、そうですね」  瑞樹は少し照れくさそうに笑っていた。  さくら色に頬を染めて──  そんな君が、可愛くて愛おしくて、いつまでもいつまでも見ていたくなる。  俺たちの未来が幸せになるように、桜吹雪をもっと浴びよう。  

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