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さくら色の故郷 19
展望台で、昨日に引き続きソフトクリームを食べることになった。
潤が皆にご馳走したいと言ってくれたので、ありがたく受けることにした。
潤に奢ってもらうのは初めてだ。
背はとっくに抜かされたが中身はまだまだ幼いと思っていたのに……急に大人びたことを。やはり1か月でも家を出て働くと気も引き締まるのか。
「ほらこれ、兄さんはシンプルなミルク味が好きだよな」
「ありがとう。ご馳走になるよ」
「よせよ! この位でそんなに感謝されると照れるぜ」
「でも……初めてだから」
「あぁ初めてだ。でもオレにはもっとデカイ夢があって」
潤の夢? そういえば聞いたことなかったな。
今までこんな話をする雰囲気ではなかったから。
「オレがいる軽井沢は自然が溢れていて、瑞樹も好きそうだ」
「……そうだね、僕もまた改めてゆっくり訪れたいよ」
「それでさ、いつかオレが、軽井沢の外れに山小屋を建てたら遊びに来てくれるか」
「山小屋? 」
「あぁその周りには沢山の花が咲いている予定だ。兄さんのために育てておくから。遊びに来たら、その花でアレンジメントを作ったりしたらどうだ? 」
目を閉じて、潤の語る夢を想像した。野山に揺れる草花に身を委ねるように歩き、花の命を集めさせてもらう光景を……
「素敵だね。必ず行くよ。その頃、潤はどうしているかな? 」
「さぁな。オレも結婚しているかもな」
「えっ」
「バーカ、今すぐそんな予定ねーよ。だけど、その方が兄さん、安心するだろ」
「潤……」
広樹兄さんが結婚すると聞いたばかりなので、ドキっとしてしまう。
誰もが皆、同じ場所に留まっていられないのだから、当たり前なのに……
何だかそう思うと、毎日の一瞬一瞬が愛おしくなる。
今日のこの一瞬も、同じ日は二度と来ないから。
「兄さん、早く食べないと、とけちゃうぞ」
「あっうん」
「さっきの話だけど……兄さんだけじゃないよ。このメンバーで来て欲しい」
「潤……」
「おっと、バトンタッチだな」
照れくさそうに笑っていた潤が僕の隣をすっと離れたかと思うと、入れ替わるように宗吾さんがやってきた。
「瑞樹、今、何を話していた?」
「あ……潤がいつか僕を軽井沢の山小屋に招待してくれると」
「なに?」
宗吾さんの顔色がさっと変わるので、慌てて付け加えた。
「あっ宗吾さんや芽生くんも、もちろん一緒ですよ」
「へぇ……アイツもいい事言うようになったな」
「はい」
「瑞樹、ソフトクリームは美味しいか」
「えぇ」
函館を一望できる展望台で食べるソフトクリームの味は、格別だ。
「早く食べないと、ほらっ」
「わっ本当ですね」
僕がソフトクリームを舌で舐める様子を、宗吾さんにじっと見つめられて、無性に照れくさくなった。
『もう……いつもそんな目で見ないでください!』と叫びたくなるが、周りに芽生くんやお母さんがいるので、ぐっと我慢して食べることに専念した。
「おい、そんなに慌てなくても。ここについているぞ」
宗吾さんの指先が僕の唇にさりげなく触れたので、またドキドキしてしまう。もしかしたら、朝の深い口づけの余韻がまだ躰に残っているせいかも。撫でるように意図を持った指先に震える。
「あっ駄目ですっ……こんな所で」
「悪い、可愛かったから、つい」
二人で動揺しあっていた。
なんか僕たち、初々しいな……
宗吾さんとは何度も何度も深い口づけをしたが、指先ひとつでも、まだこんなに緊張するなんて。
「おにいちゃん、あそこを見て!」
「なっ何かな」
「あれは雲なの?」
「うん、そうだよ」
芽生くんが指さす方向には白い雲がふわふわと浮いていた。展望台は高い場所にあるので、雲の方が僕たちより下に見えるという不思議な光景が広がっていた。
「うわぁ、じゃあボクたち今、雲の上にいるんだね」
「くすっ、そういうことになるかも」
芽生くんが必死に小さな手を広げて雲を掴もうとする。
雲は掴めないが、とても嬉しそうに笑っていた。
「雲って、きっとこの真っ白なソフトクリームみたいな味だろうね。ずっと気になっていたんだ! あーここに来てよかったぁ!」
「無邪気だな、子供って」
「芽生はいつも可愛いことを言うわね」
潤もお母さんも芽生くんの発言に、笑っていた。
無邪気な芽生くんの言葉が、いつも皆を和ませてくれる。
「宗吾さん……雲はこの手に掴めませんが、心は掴めるのですね」
「そうだな瑞樹。ここにいる人は皆、瑞樹のことが好きだよ」
嬉しい言葉をもらった。
だから、とてもさりげなく、宗吾さんと指先同士で触れ合った。
こんな風に、心が一つになる瞬間がとても好きだ。
「ありがとうございます。僕も皆が……とても好きです」
皆……大切で愛おしい存在だ。
****
函館山を後にし、潤の運転で今度はベイエリアの観光にやってきた。
「パパー、ボク、もうお腹ペコペコ~」
「確かにそろそろ昼飯の時間だな。瑞樹、どこかいい店あるのか」
「あ……そうですね。じゃあハンバーガー屋はどうですか。朝が海鮮丼だったので、気分を変えて」
「おぅ! それいいな」
「芽生くんが喜ぶ仕掛けもありますよ」
早速、高校時代、たまに寄り道をしたハンバーガーがメインのグルメレストランを案内した。
ここは店内の作りが少し変わっていて、ブランコの席やメリーゴーランドのような木馬が飾られているので、芽生くんも入店するなりキラキラと目を輝かせた。
「うわ! ボク、この席がいい」
早速ブランコの席に、芽生くんがぴょんっと腰かける。
あぁ懐かしいな……
店内に漂う美味しそうな匂いに、思わず目を細めてしまう。
ここは函館にしかないお店で、いつも出来立て熱々のハンバーガーを提供してくれる。作り置きせず冷凍は使わないなど、ローカルチェーンならではの拘りがあり、いつも地元客で賑わっている。
「へぇこれはまた、ずいぶん派手な店だな」
「ぜひ食べてみてください!ビックリなおいしさなので。あっ今なら季節限定のイカフライのバーガーもありますよ」
「それにしてみよう」
「メイくんは?」
「うーんとね、これとこれ!ポテトとオムライスがいいな」
芽生くんはお腹ペコペコなので、メニューを次々と指さしていた。
ふふっ、その気持ち分かるよ。
「んーでも、芽生くん一人でそんなに食べられるかな? 」
「お兄ちゃんと半分こしよう!」
「そうだね。そうしよう」
オムライスは卵を4つも使っていてボリューム満点だし、ポテトはこのお店ならではのスタイルで、濃厚なチーズとホワイトソース、更にデミグラスソースまでかかった贅沢な一品だ。
「すごい! すごい!」
芽生くんは身体はまだ小さいけれども、よく食べる。成長したらどんな子になるのかな。宗吾さんみたいに大きくなるのかな。宗吾さんみたいにカッコよくなるかも?
5年後、10年後も……ずっと一緒にいたい。
そんなことを考えながら芽生くんと仲良く食事を半分こしていると、突然声を掛けられた。
「えっ、お前……もしかして……葉山か」
こんな所で声を掛けられると思っていなかったので、驚いてしまった。
一体誰だろう?
声の主を見上げると……最初はおぼろげだったが、その後、はっきりと思い出した。
「あっ、もしかして……」
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