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さくら色の故郷 25

「ここです、ここが僕の生まれ育った家です」  瑞樹が嬉しそうに指差したのは、緑色の屋根が目印のペンションだった。母と芽生にとっては初めての光景だ。 「まぁここがあなたの生まれ故郷なのね。このペンションは、まるでグリーン・ゲイブルズのようね。ずっと緑の切妻屋根の家に憧れていたので、嬉しいわ」  流石親子だな。  『赤毛のアン』か……マシューとマリラ兄妹に引き取られたアンが住んだグリーンゲイブルズは、緑の切妻屋根の家だったからな。以前、同じことを俺も思った。  だが……アンは両親を亡くした孤児として緑の切妻屋根の家にやってきたが、瑞樹は逆だ。両親を失って、この家からひとり……出て行かなければならなかった。  わずか10歳でひとりぼっちになった瑞樹のことを想うと、今も胸が切なくなる。俺はその頃、のうのうと自分勝手に過ごしていた。  出逢いと別れが紙一重であるように、人はそれぞれ……様々な運命を背負い、常にすれ違っている。 「宗吾さんは2回目ですね。また一緒に来ることが出来て嬉しいです」 「あぁ、あの赤ん坊は大きくなっただろうな」 「どうでしょう? そう変わらないのでは」 「いや、0歳児の成長は逞しいぞ。もう5カ月じゃないか」 「そうなんですね! 会うのが楽しみです」  早速、皆でチェックインした。  瑞樹の小学生時代の同級生のセイという男が、このペンションのオーナーだ。 「瑞樹ー! 待っていたぞ!」 「セイ……会いたかった。うわっ」  大柄な男にムギュっと抱きつかれた瑞樹の姿が、すっぽり隠れて見えなくなる。  おいっ離れろっ! と心の中で叫びたくなる光景だ。  瑞樹の故郷、大沼には、彼が小学校の頃の同級生が沢山残っているそうだ。冬に滞在した時、何度か飲み会をして過ごしたとは聞いていたが……いざ目の前で瑞樹が他の男に可愛がられている姿を見ると、やはり小さな嫉妬が芽生えてしまう。  うーむ、今更だが……気づいたことがある。  どうも瑞樹は男どもにモテすぎる。  それが心配だ。  広樹と潤のブラコン具合もすさまじいが……この光景もかなり微妙だ。 「そうだ、瑞樹、指の調子はどうだ?」 「あぁ、もう忘れてしまう程に違和感ないよ」 「そうか。ちょっと見せてくれ」 「うっ……うん?」  セイが瑞樹の細くて長いキレイな指を握りしめ、じっと観察しだした。    おいおい、その指はだなぁ……さっきまで俺が握りしめていた俺のモノだと、変な独占欲が芽生え、また唸りたくなる。 「パパ……なんか、かなしそう」 「宗吾、こらっ、そんな情けない顔をしないの! ここはもっと堂々としていなさい。男は余裕を持つものよ」 「はぁ……」    息子と母に小声で叱咤激励されるとは、大の男が情けないと苦笑してしまった。    瑞樹と目が合うと、すみませんと小さく謝っているようだった。  まぁいいさ。俺の瑞樹が皆に愛されているのは嬉しいことだ。  うーむ、だがなぁ。(……案外、女々しい奴だな、宗吾) 「あっすみません。瑞樹に気安く触って。俺は料理人なんで瑞樹の指先がちゃんと繊細な動きを取り戻しているかを、この目でしっかり確認したくなって」  その言葉に瑞樹が花のように微笑んだ。 「セイ……心配してくれてありがとう。もう本当に大丈夫だ。花の仕事も再開できたよ」 「じゃあそのブーケ、自分で作ったのか」 「あっこれは函館の母が作ってくれたんだ」 「へぇ、あ……もしかして墓参りか」 「うん。日が暮れる前に行ってきても?」 「もちろんだ。でも大沼観光は明日にしろよ。今日は他の客の前に、ゆっくりご馳走を振舞ってやるから。 早めの夕食にするぞ」 「ありがとう! セイの手料理は美味しいから嬉しいよ」 「もっと太れよ、彼氏が喜ぶぞ」 「おっおい!」  ふむ、なかなかいい奴だ。  流石、瑞樹の友人だと、今度は逆に感謝する。  そうだな。もう少し太った方が、もっと抱き心地がよくなるのか。いやいやでも、瑞樹はやはりたおやかに、ほっそりとしている方がそそられるかな。 「パパ……お鼻に注意だよ」 「えっ!」 ****  3月には広樹兄さんと潤、お母さんが、大沼で療養中の僕の元に訪ねて来てくれた。  あの時もセイがご馳走を作ってくれ、賑やかに食事をした。そして翌日、まだ雪深い中、家族で僕の両親と弟のお墓参りを初めてした。 お寺に挨拶もして、きちんと供養させてもらった。  当時、宗吾さんにその話をすると、「次はぜひ一緒に行こう」と言ってくれた。それをこんなに早く実現させてくれるなんて行動力があってすごい。  僕たちは荷物を預け、歩いて10分程の所にある、お寺へ向かった。 「あれ? 瑞樹はブーケだけでなく苗木まで抱えてきたのか」 「あっはい……潤がこれが僕の分身だと……だから、皆に見せようと思って」 「そうか、俺は何だか緊張してきたよ」 「えっどうしてですか」  見上げると、宗吾さんが確かにぐっと引き締まった真面目な顔をしていた。 「今から瑞樹をこの世に生み出してくれた人に、挨拶するわけだろう」  産みの母の事を、まるで今も生きているみたいに話してくれる……  それがじんわりと嬉しかった。 「ありがとうございます。皆が生きていたら、驚くかな。それとも……」 「親父さんにはガツンと殴られるかもな」 「えっ! うちはそんな暴力的では」 「瑞樹は大事な息子だから。きっとどんな相手でも一発食らいそうだ」 「くすっ僕は女の子じゃないのに、変な言い方ですね。でも……なんだか嬉しいです」  僕はあの事故を境に……自分に自信が持てなくなった。  そんな僕の目の前に、根気よく深く深く愛してくれる宗吾さんが現れた。  殻にずっと閉じこもっていた僕を上へ上へと、引き上げてくれた。  一馬との恋は決して無駄じゃなかった……  だがあれは、どこか傷口を舐め合うような関係だった。  一方、宗吾さんは……自分を取り戻す恋を、僕に教え、与えてくれた。 「あのさ……」 「なんです?」 「その瑞樹から、まず話してくれよ。俺のことさ」  いつになく甘えたように訴える宗吾さんが、何だか可愛く感じた。  彼のこういう所も好きだ。  最近の宗吾さんは、今までと少し違う顔を見せてくれるようになった。  お互いに……  愛されている……愛している。  信じあっているから、お互い、本当の自分を曝け出していけるのか。  それは……我儘とはまた違う、もっと嬉しい関係だ。 「もちろんです。僕からも報告します。僕を幸せにしてくれた人だと」 「そう思ってくれるのか」 「はい。僕は……宗吾さんと巡り合えた時から、ずっと成長し続けている気がします」 「瑞樹……それはお互いにだよ」  宗吾さんという水を毎日与えてもらい、僕はグングン成長していく。  胸に抱くこの花水木の苗木も、大沼……僕の故郷で、そうあって欲しい。

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