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さくら色の故郷 24
函館から瑞樹誕生の故郷、大沼までは特急電車で30分弱だ。
ここからは瑞樹と俺、芽生と母の4人の旅行になる。3月に瑞樹を迎えるために単身で訪れた大沼に、今度は彼を囲む家族を連れて行く。
瑞樹の生家のペンションは連休中は満室だったが、事情を話すと、瑞樹の使っていた子供部屋と予備室を俺たちのために開放してくれるそうだ。有難い!
前回は日帰りでとんぼ返りだったため、時間がなく墓参り出来なかった。
だから今度こそ行こう!
「パパーどの電車に乗るの?」
「おぉ、あれだ!」
「わー青い電車だ!」
俺たちが乗り込むのは、噴火湾をイメージしたというブルーヘッドの列車だ。車両には二人掛けのシートが二列ずつ並んで従来の普通車より座席幅も広く、背もたれも高かった。
へぇなかなか近代的でいい座席だな。ここに瑞樹と座ったら、いい雰囲気になりそうだ。
「パパとおにーちゃんは、ここね~」
電車好きの芽生が、張り切って座席を指定してくれた。
おぉ気が利くな。俺と瑞樹のペアシートか、サンキュ!
「で、おばーちゃんはボクとこっちこっち! 早くー 」
「はいはい」
芽生はおばあちゃんっ子だ。母も孫にグイグイ手を引っ張られて、満更でもない表情を浮かべている。こういう光景も互いに取って貴重だ。
「瑞樹は俺と座ろう」
「はい」
「君が窓際に」
「はい」
素直に瑞樹は座席に座り、俺を見つめてニコッと微笑んでくれた。その膝の上には、カーネーションのブーケを大事そうに乗せている。
赤いカーネーションの色を浴びた頬が、ほのかに赤く染まっているのが可愛いな。
やがてガタンっと車両が揺れ、静かに動き出す。
北の大地を繋ぐ列車は、俺達を次の目的地、大沼へ──
「僕たち本当に函館にいて、これから一緒に大沼に向かうのですね。なんだか夢みたいです」
彼の明るい瞳は、窓の外の風景を愛おしそうに、懐かしそうに見つめていた。
せっかくのいい雰囲気だったのに……
俺の方は束の間の二人きりの時間だと思うと、黙っておこうと思った事を結局、聞いてしまった。情けない。
「なぁ瑞樹……そのさ」
「なんですか。 何でも聞いて下さい」
「うん、さっきの女性って、やっぱりアレか」
「えっアレって?」
「元カノって奴か」
「あっ……はい。そうです……なんか、すみません、さっきは」
瑞樹は焦った様子で恐縮しながらペコっと頭を下げて、そのまま俯いてしまった。
違う、違うんだ! 責めているわけじゃない。
何というか……つまり……あぁっもう素直に認めよう!
「謝ることはないさ。その……少し嫉妬してしまってな。大人げないよな、こんなの」
俺の言葉に、瑞樹がはっとしたように顔をあげてくれた。
「……宗吾さん」
「君に……高校時代に付き合っていた女性がいるとは聞いていたが、まさかあんな場所で遭遇するなんて、驚いた」
「ですよね。僕も正直……驚きました」
俺の様子を伺う君の淡い唇に、今すぐ口づけしたくなるから、困ったもんだ。
我慢できるようにと事前に散々もらったのに、相変わらず節操ないよな。
だが君が魅力的過ぎるのが悪いんだぞ。
「なぁ、やっぱり彼女が君のファーストキスの相手か」
小声で問うと、ますます困惑し、更に頬が一層赤くなってしまった。
ということは、うーむ、図星か。
小柄で明るくさっぱりした感じのチャーミングな女性だった。まぁ……大方、女性に泣かれて断れなかったのでは。キスだって、ここでしてとせがまれたのでは。
俺の中の瑞樹レーダーが、そう判断した。(おいおい……)
「……もう僕には……宗吾さんだけです。だから純粋に……彼女の今後の幸せだけを願いました」
「それを聞いてほっとするよ。ごめんな。俺の心が狭くて」
「そんなことないです。僕だって……同じ立場だったら気にします」
「お互いさまなのか」
「……ですね」
大きな花束が彼の膝の上を占領している。
俺はそっとその花束の下に手を潜り込ませ、瑞樹の細くて長い指先をキュっと掴まえた。
「あっ──」
「繋ごう、少しでも触れていたいんだ」
「くすっ、はい、僕もです」
彼の睫毛が柔らかく揺れ、彼の方から指を1本1本絡めていってくれた。
お互いの5本の指を交互に絡め合うと、普通の繋ぎ方よりさらに密着度がアップする。
普通の繋ぎ方では得られない特別感で満ちていく──
こんな風に手を繋ぎたくなるのは、瑞樹とだけだ。手だけではなく心でも繋がっている感覚が嬉しくなる。
「僕……宗吾さんと、こうやって繋ぐの、実は好きなんです」
「何故?」
俺ももちろん大好きだが、瑞樹の理由を知りたくなった。
「それは……お互い対等な感じがするし、宗吾さんは僕のものって独占欲みたいなの感じられて……あっ生意気なこと言って」
少し意外な彼の積極的な発言に、驚くと同時に嬉しくなってしまった。
桜色に染まる北の大地が、瑞樹自身を更に勇気づけてくれたようだ。
そうだ……彼は前よりずっと、自分に自信を持てるようになっている。
「瑞樹、いいぞ。その調子だ」
「あの……すみません。自分でも何を言ってるのか……」
「いや、嬉しい。俺達この旅行でまた一歩進めるな。歩み寄って同じ歩調で前に進んで行こう」
恋人繋ぎの指を官能的に擦りあわせゆっくりと撫で上げると、彼はひくっと恥ずかしそうに震えた。
わずか30分で目的地だ。
それまでの時間、俺達は指先で繋がり、指先から愛を交感した。
こんなにも一つ一つの動作が意味を持つなんて……
君と知り合えて良かった。
君と恋が出来て良かった。
君と歩み出せて良かった。
「ありがとうな」
「あっ、僕も今そう言おうと……」
瑞樹は……控え目に俺の肩にもたれてくれた。
窓の外には北の大地の雄大な景色が次々と映し出されていく。
まるでふたりで映画でも観ているようなリラックスした気持ちになる。
彼の柔らかな栗色の髪が、少し傾いた日差しに透き通りキラキラと輝いていた。
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