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さくら色の故郷 27

 優しい夕日に包まれた瑞樹は、いつにも増して綺麗だと思った。  彼の栗色の柔らかな髪が、夕日色に染まって輝いていた。  きっと瑞樹の弟も天使みたいに可愛らしい子だったのだろう。    今、俺達の上空にきっといる、見守っている。  そう感じる、ひと時だった。  いつまでも見つめていたいほど、厳かな美しい時間だった。    やがて……母が優しく促してくれた。   「さぁ瑞樹くん、そろそろ戻りましょうか」 「あの……最後にお寺にご挨拶をしても?」 「もちろんよ」  瑞樹は長年、両親の墓参りをしていなかったのを、やはり気にしているようだ。 「3月に函館の皆と来た時にも挨拶したのですが……やっぱり今日も」 「そんなの何度でもしたらいいのよ」 「ありがとうございます」  こういう仏事のマナーは母の方が詳しいので任せた。  寺の事務所に行くと、すぐに住職とおぼしき僧侶が出て来た。 「あぁ君か、また来てくれたのか」 「はい」 「あれ? 今日はまた違うメンバーだね」 「あっ僕が……東京でお世話になっている人たちです」 「そうか、良かったな。墓を建てたのはいいが、長い年月誰もお参りに来ないのが気になっていたからね。まぁ管理費だけはきちんと収めてくれていたので、こちらは問題なかったが」 「……そうでしたか」  なるほど、函館の母はお墓に連れて来る余裕はなかったようだが、墓地の管理費はちゃんと払い続けてくれていたのだな。 「あれ? 君が抱えているのは、もしかして花水木の苗木かな?」 「えぇよくご存じで」 「庭いじりが好きでね……それ、どこかに植える予定でも? 」 「あっ両親と弟の近くにと思って持ってきたのですが、まだ場所は決めていません」 「なるほど……それなら境内の庭園に植えてもいいよ」 「えっ」 「ほら、あそこにちょうど今庭師が入っているから、彼に相談したらどうかね? 」 「本当によろしいのですか」 「その苗木は君の分身で、君は両親のお墓の近くにいたい……違うかね?」 「あっ……」  ほろりと瑞樹が泣く。  そんなことを許してもらえると思っていなかったのだろう。  その涙は、嬉しさが溢れて来たものだ。   「君のことは聞いたよ。一人残されてしまったのに、がんばったね」 「……はい」 「君のこれからが、これまでを決める。だから今近くにいてくれる人を大切に生きていきなさい」  住職は意味深な言葉を、置いてくれた。  どんなに転んでもくじけても……人は今日を生きて明日を迎える。  どう生きるかは、どう生きてきたかと表裏一体だ。 「はい……そうしたいです。そうします! 僕はここに花水木を植えさせていただけたら、やっと大きく飛び立てることが出来ます」 「そうだね。さぁ植えておいで。まだ赤子のような花水木は、ここで自然を感じ成長していくだろう。朝日を浴び空に向かって成長し、他の木々や草花と背比べをして、鳥の鳴き声にまどろんで、季節の変化を楽しんで……大きくなっていく」   「ありがとうございます」  思いがけない展開だが、最高の展開だ。  泣きはらした目で、瑞樹が俺達のことを振り返った。 「宗吾さん一緒にいいですか。お母さん芽生くんも……」  それから庭師に頼んで、瑞樹の両親と弟の墓が見える場所に植樹してもらった。    皆で胸の前で両の手のひらと指をぴたりと合わせて合掌し、今一度、亡くなった家族の冥福を祈った。  そして瑞樹と幸せになることを誓った。 **** 「いただきます!」 「おう! 沢山食べろよ」  墓参りから戻ってきた瑞樹の目元が赤かったが、幸せそうに微笑んでいた。  瑞樹……嬉し涙なら、いくらでも流せよ。  お前には幸せな顔が似合うよ。  お前さ……小学校の時、本当に可愛かったんだぞ。  いつも5歳下の弟の手を握っていたな。  俺はよく覚えているよ。  お前がどんなに両親に愛されて育ったのか。  だから余計に瑞樹が一度に家族を失った事が……悲しかった。  函館に行ってしまい、ずっと姿を見せない間……どんどん周りからお前の話題は消えてしまったが、俺は違ったよ。  だって俺の家は、瑞樹の家だったから。  廊下に父さんが飾った写真パネルには、いつもお前と弟がいた。  いつか俺に幸せな姿をきっと見せてくれると……信じて待っていた甲斐があったな。 「宗吾さん。お酒飲みますか」 「あぁもらおう、何がいと思う?」 「そうですね。やっぱり北海道の生ビールがオススメです」 「いいね」 「セイ、ごめん。生ビールいいかな?」 「おう」  随分と甲斐甲斐しく尽くしてんなー 「瑞樹、明太子のパスタが上手そうだぞ。ほら皿を貸せ」 「あっはい」 「沢山食べろよ」 「ありがとうございます」  いや、尽くされているのか。  ぷぷ、なんかお似合いだな。  正直さ、瑞樹の恋人が男っていうのは驚いた。  ここは田舎だから特にな。    でも、こんなにも幸せそうな顔をする二人を見ていたら、まぁいいかって気分になるぜ。  おまけに相手の母親と息子公認ときたら、文句のつけようがない。  瑞樹の幸せは、お前の努力の賜物だよ。  お前が幸せなら、一番だ。  『セイ……セイっ』  小学校の頃の甘い呼び声が聴こえてくる。  可愛かった瑞樹は、もっと可愛くなって戻ってきた。  

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